2022/3/31

スタートアップM&Aのポイント、課題と対策【事例あり】

スタートアップにおけるM&Aとは

スタートアップにおけるM&Aとは

スタートアップにおいてM&Aは、IPO(上場)に並ぶイグジットの手段および「企業を成長させていく際の目標」として位置づけられています。

そもそもM&Aとは、「Merger And Acquisition(合併と買収)」の略語であり、直訳すると「企業の合併と買収」のことです。

なお、一般企業からすると、M&Aによるスタートアップの買収は、事業モデルや革新的な技術などを吸収するための経営戦略としての意味合いを持ちます。

本記事では、スタートアップにおけるM&Aについて、主にイグジット戦略という視点から解説していきます。

IPOについては以下の記事で詳しく解説していますので、併せてご確認いただくとスタートアップのイグジットに対する理解を深められます。

上場(IPO)とは?条件や方法、メリット・デメリットを分かりやすく解説

現状と動向

ベンチャーキャピタルの投資先企業に焦点を当ててイグジットの動向を見ると、日本のスタートアップはIPOでイグジットを図るケースが多い(IPO:M&A=7:3)一方、アメリカのスタートアップはM&Aでイグジットを図るケースがほとんど(IPO:M&A=1:9)です。

日本のスタートアップのM&Aによるイグジットの割合が低い主な要因は、M&Aに関する経験・ノウハウ・情報の不足などにあると考えられています。

具体的には、「M&Aに慣れていない」「価格交渉が合意に至らなかった」「M&A後のPMI(統合プロセス全般)がうまくいかない」といった理由により、日本のスタートアップの多くは、M&AではなくIPOによるイグジットを目指しています。また、日本は米国に比べて想定的にIPOの敷居が低いこともあり、スタートアップがIPOによるイグジットを目指しやすい環境が構築されているのです。

ただし、最近では若手のスタートアップ創業者を中心にM&Aへの抵抗感が薄れてきているうえに、将来的なM&Aにも対応し得る種類株式での資金調達が増加傾向にある点も相まって、今後、M&Aによって短期間でイグジットを行う割合が増加するものと推測されています。

参考:経済産業省「大企業×スタートアップのM&Aに関する調査報告書(バリュエーションに対する考え方及びIRのあり方について)」

メリットとデメリット

スタートアップがM&Aによるイグジットを目指す、または達成することで得られる代表的なメリットと、反対に留意すべきデメリットを順番に紹介します。

メリット

M&Aによるイグジットでは、IPOによるイグジットに比べてスピーディーに達成出来る可能性があります。これはイグジットを図る際に、IPOを目指す場合は、純資産額や利益額などさまざまな事業上の条件を満たす必要がある一方、M&Aの場合は、買収側企業が見つかり、当該企業とさえ条件合意が出来れば実現出来るためです。なお、条件だけでなく手続き面でも、M&Aの方が容易かつ短期間に済ませられる可能性があります。

加えて、M&Aでは買収側企業との間で合意がなされれば取引を成立させられることから、赤字企業やIPOの実現が不可能な企業などでも、事業に将来性があるとみなされればイグジットの実現可能性は残されています。

このように、一般的にIPOと比べてイグジットの方が達成に至るチャンスがあるという点が、M&Aを採用する代表的なメリットだとされています。

そのほか、イグジット面以外のメリットの一例としては、M&Aの相手側企業との経営統合によりシナジーが発揮されることで、単独で事業を進めていたときよりも格段にスピーディーに事業の成長を目指せる点が挙げられます。

デメリット

スタートアップがM&Aによりイグジットを行う場合、その会社の経営権を買収側企業に譲り渡すため、創業者は「離職(引退)」もしくは「買収側企業の社員として事業に携わる」選択肢を迫られます。後者を選ぶ場合、M&A後に経営陣の1人として経営に参画できるケースはありますが、経営のトップとしての権限はほとんど消滅してしまう可能性が高いです。

なお、M&Aに伴い経営者が離職(引退)を希望する場合については、統合プロセスのサポートのために数年間会社に残ることを要求されたり(ロックアップ条項)、競業避止義務を課されたりするなど、一定期間にわたり自由を拘束されるおそれがある点がデメリットとして挙げられます。

また、一般的に、M&Aによるイグジットでは、IPOよりも創業者および出資者の獲得できる利益が少ない傾向にあります。

そのほか、イグジット面以外のデメリットの代表例は、M&Aをきっかけとして、取引先からの契約の打ち切り、ブランドの変容に抵抗感を示す顧客の離反、経営統合の理念や方針に反発する人材の離職などが発生するおそれがある点です。

M&AとIPO両方のイグジットのメリット・デメリットを以下記事でまとめておりますので、イグジットに関心がある方はぜひご一読ください。

イグジットとは?意味や種類、動向を解説

スタートアップM&Aのポイント

本章では、スタートアップがM&Aを行ううえで留意すべき大切なポイントの代表例として、3つの項目をピックアップし紹介します。

適切なタイミングで行う

スタートアップがM&Aによるイグジットを検討する際、「外部の環境」「社内の状況」という2つの側面から適切なタイミングを考えることが望ましいです。

まず、「外部の環境」から考えると、一般的に以下の環境下では、高額でのM&Aが成立しやすいと言われています。

  • 業界全体が好景気かつ市場が楽観的で、大規模な投資を促す雰囲気がある
  • 金利が低水準で、大規模な資金調達を行いやすい
  • 自社事業の属する分野に対して投資家の期待度が高まっている
  • 自社事業の属する分野でM&Aが積極的に実施されており、買収側に競合企業が多い

次に、「社内の状況」から考えると、手掛けている自社事業について、今後も高い成長率が見込まれる市場環境である時や、安定的な事業成長が続いていることが明らかである時などには、M&Aによる会社売却の価格が高くなりやすいです。

なお、売却価格の高いM&Aを実現させるには、短期的に成長率や業績が好調であることに加えて、長期的に事業成長が持続・安定している蓋然性も大切です。たとえ高い成長率を記録していても、それが短期的で持続する見込みがなければ、買収側の投資リスクが高まるために取引価格が割り引かれ、高額でのM&Aが難しくなります。

スタートアップを対象とするM&Aでは、対象企業が保有している資産よりも、収益を生み出す源である無形資産(例:人材、ノウハウ、ブランドなど)が評価される傾向にあるため、これらの価値を示す収益性・成長性をアピールすることが大切です。

買い手はシナジーが期待される企業に

スタートアップがM&Aによる会社の売却を検討する際、重視するポイントの1つは買収側企業と売却側企業のシナジーだとされています。シナジーは2つの企業の結合により発揮され、この効果の大きさは結合する相手企業との相性によって変動します。

一般的に、買収側企業からするとシナジーを期待できる相手であるほど買収対象としての価値が高まるため、売却側企業としては高額での売却につなげられます。

また、M&Aにより発揮されるシナジー効果が大きい場合、売却側企業の事業が成長し、買収側企業の従業員に対しても待遇面でプラスの影響がもたらされる可能性があります。

以上の理由より、シナジーが期待される企業を買い手に選ぶことは、経営者および投資家だけでなく、従業員や事業の存続・発展のためにも望ましいです。

人材への配慮

M&Aにより買収側企業に統合されると、ミッション・ビジョン・カルチャー・職場環境・待遇などが変化し、これに馴染めなかったり、反発を覚えたりする従業員のエンゲージメント(愛着心)が下がり、離職や組織力の低下を招くおそれがあります。

特にスタートアップでは、経営資源の中でも人材の重要度が非常に高く、人材およびチームワークの独自性が事業の根幹を支えているケースが多いため、組織力の低下や事業を推進するうえで重要な従業員の離職は、その後の事業運営に深刻な悪影響を及ぼしかねません。

これを防ぐためには、従業員に対してM&Aの事実を伝達するタイミングや方法などに十分配慮したうえで、必要に応じて離職防止のためのフォローを講じましょう。とりわけ重要な従業員に対しては、他の従業員よりも早い時期からフォローに着手することが大切です。

スタートアップM&Aの課題と対策

スタートアップM&Aの課題と対策

スタートアップがM&Aを達成する前後には、さまざまな課題に直面する可能性があります。下表に、M&Aの実施に際して、スタートアップが悩まされやすい代表的な課題および対策案をまとめました。

課題の概要 対策案
M&Aは100%成功すると考えてしまう デメリットを十分に把握したうえでM&Aを行う
M&Aに精通した人材が不足している M&Aに詳しい人材の採用・育成およびコンサルタント(専門家)を関与させる施策を講じる
情報の非対称性が原因となり、バリュエーション(企業価値評価)が当事会社の間で合意に至らない 自社の「非財務情報」「シナジー効果」に関する情報について、買収側企業とともに適切な把握・認識のすり合わせを行う
M&A実行後のPMIが適切に構築されておらず、成果を十分に挙げられない PMIの方針・計画を具体的に策定する
M&A実施後の人材留保に失敗する M&A実行中の段階から継続的にミッション、ビジョン、カルチャーの共有を図る

参考:経済産業省「大企業×スタートアップのM&Aに関する調査報告書(バリュエーションに対する考え方及びIRのあり方について)」

スタートアップM&Aの事例

本章では、東京大学発のスタートアップによるM&A事例を3件取り上げます。

Candle

Candleは、2014年4月に、東京大学在学中(当時)の金靖征氏ら3名が創業したスタートアップです。主な事業内容は、ファッション・メイク・ヘアスタイル・美容などのまとめが集まる女性向けメディアや、女性向け動画アプリなどの運営です。

Candleは順調に業績を伸ばし、およそ2年半後の2016年10月に、クルーズへのM&A(事業売却)によってイグジットを果たしています。買収側のクルーズは、「インターネットの時代を動かす凄い100人を創る」ことをミッションに掲げる純粋持株会社です。

本件M&Aは、社長の金靖征氏が当時22歳と若手起業家であるうえに、売却額が12.5億円に及んだことから大きな注目を集めました。

M&Aによるイグジットの主な目的は、小規模にIPOを図るのではなく、クルーズと一緒に新しい大きな挑戦をしたいという創業者の思いにありました。一方のクルーズは、事業拡大のためのM&Aを積極化する一環として、Candleの買収を決めています。

▼クルーズ株式会社によるプレスリリース
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000240.000006324.html

ふらりーと

ふらりーとは、2015年11月に、東京大学在学中の齋藤大斗氏が創業したスタートアップです。主な事業内容は、主婦などの空き時間を活かした家庭料理のシェアリングサービスの提供です。

その後、設立から1年半弱が経った2017年4月に、ふらりーとはオイシックス(現オイシックス・ラ・大地)へのM&A(株式譲渡)によってイグジットを果たしました。買収側のオイシックスは、Eコマースを手掛ける企業です。本件M&Aの売却額は非公開で、オイシックスはふらりーとを完全子会社化しています。

M&Aによるイグジットの主な目的は、オイシックスと事業領域が近いうえに、オイシックスの構想していた新規事業と、ふらりーとが企画していたサービスが一致しており、シナジーの発揮が見込めた点にあります。

一方のオイシックスは、シェアリングエコノミーへの参入や人材の採用を目的に、ふらりーとのM&Aを決めています。

▼オイシックス株式会社によるプレスリリース
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000174.000008895.html

Momentum

Momentumは、2014年9月に、東京大学出身の大久保遼氏により設立されたスタートアップです。主な事業内容は、アドテク領域のアドベリフィケーション(広告掲載先の品質チェック)分野におけるサービスの展開です。

その後、設立から3年ほどが経った2017年7月に、MomentumはSyn.ホールディングスへの
M&A(株式譲渡)によって、イグジットを果たしました。買収側のSyn.ホールディングスは、アドテクノロジー関連技術の開発を手掛ける企業です。本件M&Aの売却額は非公開で、Syn.ホールディングスはMomentumを連結子会社化しています。

M&Aによるイグジットの主な目的は、市場規模が小さい既存事業ではIPOの実現が難しいと判断した点にあります。一方のSyn.ホールディングスは、顧客にとってより有益なプロダクトの提供を実現できると見込んで、MomentumとのM&Aを決めています。

なお、Momentumの株主の多くは、大久保氏が現在経営する会社「ライスカレー」にも投資を行っており、ライスカレーはMomentumをバイアウトした際に得た資金を活用し、IPOを目指せるほどに順調に成長している状況です。そのため、大久保氏は、今後ライスカレーがIPOによりイグジットを行うことで、Momentum時代からの株主に対して大きなリターンを付与できると見込んでいます。

▼Syn.ホールディングス株式会社によるプレスリリース
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000001.000027460.html

スタートアップについて以下記事で解説しており、スタートアップそのものを知ることがスタートアップのM&Aを理解する手助けになりますので、本記事と併せてご確認ください。

スタートアップとは?ベンチャーとの違いを解説【図解あり】

まとめ

スタートアップにおいて、M&AはIPO(上場)に並ぶイグジットの手段および「企業を成長させていく際の目標」として位置づけられています。

スタートアップがM&Aによるイグジットを目指す、または達成することで得られる代表的なメリットは、以下のとおりです。

  • IPOによるイグジットと比べて、スピーディーに達成出来る可能性がある
  • 赤字企業やIPOの実現が不可能な企業などでも、事業に将来性があるとみなされればイグジットの実現可能性がある

ただし、スタートアップがM&Aを行う際は、以下のようなデメリットも存在することに留意しておくべきです。

  • 創業者は「離職(引退)」もしくは「買収側企業の社員として事業に携わる」選択肢を迫られる
  • ロックアップ条項や競業避止義務により、経営者は一定期間にわたり自由を拘束されおそれがある
  • IPOと比べて、創業者および出資者の獲得できる利益が少ない傾向がある
  • M&Aをきっかけに、取引先からの契約の打ち切り、ブランドの変容に抵抗感を示す顧客の離反、経営統合の理念や方針に反発する人材の離職などが発生するおそれがある

また、スタートアップがM&Aを行う際は、以下のポイントに留意し、実践することが大切です。

  • 「外部の環境」「社内の状況」という2つの側面から適切なタイミングを考える
  • シナジーが期待される企業を買い手に選ぶ
  • 従業員への配慮やフォローを講じる

上記のポイントを把握したうえで、スタートアップがイグジットの手段としてM&Aの実施を検討する際は、経営陣が自社にふさわしいイグジット方針をしっかりと考えて、既存株主と協議することが大切です。

DEEPTECH DIVE

本記事を執筆している東京大学協創プラットフォーム開発株式会社(東大IPC)は、東京大学の100%出資の下、投資、起業支援、キャリアパス支援の3つの活動を通じ、東京大学周辺のイノベーションエコシステム拡大を担う会社です。投資事業においては総額500億円規模のファンドを運営し、ディープテック系スタートアップを中心に約40社へ投資を行っています。

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