2021/6/4

建機の遠隔操作と自動運転で建設現場のDXを推進 ARAV株式会社

ARAV株式会社|代表取締役 白久 レイエス 樹

ロボット工学を用いて、建機の遠隔操作や自動操縦のできるシステムやプロダクトの開発に取り組んでいる、ARAV株式会社。代表取締役CEOの白久(しろく)レイエス樹さんは東大大学院在学中から、シリコンバレーでの現地法人設立を含め、3回の起業を果たしています。2021年3月には資金調達も行い、遠隔操作システムの開発などに弾みをつけています。そんな白久さんに、大手自動車メーカー勤務も挟みながらの、3回の起業にまつわる経験や事業の特徴、そして東大の各種起業支援プログラムから得られたものなどについて、お話いただきました。

ARAV株式会社代表取締役CEO白久レイエス樹氏のインタビュー

高齢化に悩む年間60兆円の建設業市場の課題を、建機の遠隔操作システムで解決

「まず事業について、どのようなものなのか教えてください」

建設現場の建機を遠隔地から操作できるシステムを開発しています。スマートフォンやノートパソコンで、十分なネットワーク環境があれば1000km離れた場所から建機の操作が可能です。すでにある建機のメーカーや機種を問わず、後付で搭載可能な装置ができています。

実は、社名のARAVは「建設向けの堅牢な自動運転車(Architectural Robust Autonomous Vehicles)」から採っており、遠隔(Remote Control)とは言っていません。当初は、将来自動運転が普及した社会における、トラブル時のバックアップのために遠隔操作システムを開発していたのです。しかし、技術的にはソースコードの量からしても、自動運転のほうが開発に時間がかかります。遠隔操作システムが先に完成していた、創業2ヵ月頃にちょうど実証実験の要望があったため、リモートコントローラーをパッケージ化したのですが、コロナ禍の影響もあって予想以上の反響があり、現在はそれが主力製品となっています。

 

「建機に特化するメリットは何でしょうか。また、デメリットもあれば教えてください」

公道を走る自動車や商用車では法規制上の制約も多く、実証実験ですらなかなか難しいものがあります。ですが、建機であれば私有地で使われることがほとんどで、PoCから実装、製品化もより容易だと考えました。

ただ、建機ならではの難しさも大きく3点あります。まず、自動車はタイヤが4つでハンドルとアクセル、ブレーキがあるという構造は共通しており、その操作を考えればよいといえます。一方、建機はパワーショベルやブルドーザー、ロードローラー、アスファルトフィニッシャーなど、種類がものすごく多いのです。その形や作業の数が膨大だというのが、難しさの1点目です。

次に、動かす箇所が自動車よりも多いことがあります。自動車はエンジン回転とハンドル部分のみで駆動しますが、たとえばパワーショベルだと左右2つのキャタピラがあり、その上に旋回する軸があり、肩やひじ、手首の関節にあたる部分があり、それらを同時にきれいに動かさないと作業がこなせません。その分、難易度の高い技術が求められます。

3点目は、自動車は舗装された道路を走行するのに対し、建機は土の上で、作業が進むごとに路面状況も変わっていくという点です。ARAVのR、Robustは「強固な」という制御工学用語ですが、そういうロバストなものを作る必要があるのです。

 

「そうしたデメリットを差し引いても、やる価値のあるチャレンジだったのですね」

そうですね。逆にこの3点をクリアできるものであれば、一気に広がるでしょう。また、エンジニアという人種は解くべき課題が難しいほど、喜びや意欲を感じるものです。当社の採用でも「一番難しい課題を解いてみないか」といって、優秀な技術者が集まってくれています。

そもそも少子高齢化の日本では、建設業に携わる人々の高齢化も大きな社会課題です。年間60兆円市場ですが、90年代以降、その労働生産性は横ばいで、他の産業と比べても労働時間は長く、環境も苛酷になっています。そのような建設現場の課題を解決したいのです。また、建機は建設現場以外にも、製鉄所や産業廃棄物処理場、各種解体現場でも使われます。林業や農業の現場や港湾作業、また、被災地というのもあるでしょう。その点でも、取り組むべき課題だといえます。

ARAV株式会社代表取締役CEO白久レイエス樹氏のメッセージ

ロボット工学を軸に、大手自動車メーカー勤務やシリコンバレーでの起業も

 

「起業に至るまでの経緯を伺っていきますが、まずロボットとの出会いから聞かせてください」

中学時代に友人とロボコン部を創り、地域大会に出場したのが、自分の手でロボットを作った始まりでした。出身地の沖縄で進学した工業高等専門学校では、高専ロボコン全国大会で優勝しています。そして高専での研究テーマだった海中ロボットを極めたいと思い、東大大学院新領域創成科学研究科の海洋技術環境学修士課程に進学。浦環教授が立ち上げた研究室(現在は巻俊宏准教授が承継)に所属して、自律運転で深海を探索する海中ロボット研究に没頭しました。高専時代は学校のプールや車で30分ほどのビーチで実験していたのが、浦研究室では日本周辺海域の資源探索を目的とした海中調査を、太平洋にて数日間航海して行います。東京スカイツリー3個分にあたる深海1600mに、ケーブルもなしにロボットを自律運転で送り込み、調査を遂行するというのを単なるシミュレーションではなく、実際に行っている研究室でした。

 

「白久さんは現在のARAVを含め、3回起業されていますが、初の創業は在学中ですね」

週末に趣味で作っていたロボットを買いたいという企業が出てきて、2013年10月、修士2年のときに同級生とスケルトニクス株式会社を設立しました。人が装着するロボットスーツで、ドバイでも売れるなど、事業自体は順調でした。ただ、今後の方向性で意見の相違があったりしたため、退任して2016年、SUBARUに入社したのです。ビジネス経験を積むというよりは、技術向上が目的で、希望どおりアイサイトの開発部署に配属され、運転支援の開発管理に従事しました。SUBARUでは車種を限定してリソースを集中させる開発姿勢で、競合に比べて開発現場の小回りが利くともいわれ、濃密な経験ができたと思います。

そんなとき、ある競合他社の自動運転システムのコアの部分が、イスラエルのベンチャーMobileye(モービルアイ)の技術であるのを知り、「自分もまた起業したい」と思うようになります。Mobileyeはその頃、153億ドルでインテル傘下に入るのですが、1人で立ち上げたベンチャーがそれだけ世界にインパクトを与えるというのは、大きな刺激でした。

 

「それでSUBARUを退職し、シリコンバレーに行かれます。それは、日本にいる場合じゃない、という気持ちからですか?」

それもありますが、スケルトニクスのときは自己資本のスモールビジネスでした。それが、世の中の環境も変わり、外部資本をうまく活用してスケールさせていくことを現実的に考えた時に、まずはスタートアップ発祥の地でそのカルチャーを体感したいと思い、後先考えずに西海岸に向かったのです。しかし、行ってみるとシリコンバレーはけっこうな田舎街で、それなのに渋滞もひどかったりと、決して特別な場所ではありませんでした。Googleの技術ですら、こんなところで生まれたのだと、むしろ身近に感じられ、度胸がついたと思います。

現地ではインキュベーションできるシェアオフィスに出入りし、フリーランスのエンジニアに混じって、いくつかプロジェクトをこなしていきました。そして2018年、自動運転技術のソリューション提供を目指してYanbaru Robotics Inc.を創業します。ターゲットにしたのは、普通乗用車よりも自動運転化が遅れている商用車で、後付の自動運転キットを開発。カリフォルニアのフリーウェイで、時速90kmの手放しによる自動運転実験を成功させます。ピッチ等での反応も上々でしたが、やはり公道を走行するというハードルは高く、なかなかビジネス化には至りません。自己資金による渡航だったため、滞在は2年までと決めていましたが、そのタイムリミットも迫ります。

そんななか、SNSで私の自動運転の成果を見かけた建設業界の方から、建機のオペレーションを手伝ってくれないかという相談を受けました。調べてみると課題の多い領域ですが、建機が使用されるのは主にプライベートなエリアです。自動運転技術を転用できそうであり、ニーズもあることからビジネスとして成立させる手応えも感じられました。そこで具体的に調達などは日本で進めることとし、日本のエンジェル投資家からのアドバイスもあって2019年8月に帰国し、翌年4月にARAV株式会社を設立しました。

 

アントレプレナー道場からTTT、FoundXを経て、東大IPCに採択

 

「そうしてARAVは東大IPC 1stRoundの第3回公募に採択され、202010月から20213月の6ヵ月間、ハンズオンの支援を受けましたが、その前にも東大の起業支援を受けておられますね」

実は在学中からいろいろとお世話になっています。最初に創業したスケルトニクスは2013年10月に設立しましたが、お客様からの購入希望があったのはその前の3月でした。そこで会社の作り方を学びたくて、東大が開講する「アントレプレナー道場」に参加したのです。単位にはならない、自主参加型の夜間コースで、4月から9月の6ヵ月間受講しました。また、同じく東大が主催する「Todai To Texas(TTT)」という無名の東大発ベンチャーを支援するプロジェクトを通じて、2014年の「サウス・バイ・サウス・ウエスト(SXSW)」にスケルトニクスのロボットスーツを出展もしています。

そのTTTを企画されていた菅原先生(菅原岳人氏、東大産学協創推進本部スタートアップ推進部ディレクター<インキュベーション/アントレプレナーシップ教育担当>)に、2019年に帰国して久しぶりに再会したときに、最近の東大のベンチャー支援プログラムについて教えていただき、「FoundX」や「アントレプレナーラボ」の入居に応募することとしたのです。

 

「それぞれ、どのように支援を受けましたか?」

FoundXはFounders Programに採択され、2020年4月のARAV設立と同時に、無償提供される個室に入居しました。プログラムは9ヵ月かけてアイデアとプロダクトを洗練させるというもので、ARAVの状況にフィットするものでした。その後、11月には業務拡大を受け、現在のアントレプレナーラボにオフィスを移転させています。

他のスタートアップと近くにいることによる刺激もあります。特に、ハードウェアベンチャーはものづくりを伴うため、事業スピードを加速させにくいところもありますが、周りのソフトウェアベンチャーを見ていると、スピード感を意識できます。モックがなくてもプレゼンテーションできるくらいにならねばなど、見習うべき点に気づかされますね。技術者出身だとビジネス面の詰めが甘かったり、逆に技術において手加減ができず、ついやり過ぎてしまうこともあると感じます。

また、今回コロナ禍の、しかも緊急事態宣言下で創業したわけですが、FoundXではZoomで週2回ほかのチームと顔を合わせる機会もあり、起業家同士で密接なコミュニケーションが取れたのでよかったです。また、起業すると目の前のことに追われて軸がぶれることもありますが、FoundXのマネージャーからは「今なぜそれをやっているのか」など、本質を突いた指摘ももらえました。

 

「FoundX東大IPCの両方に採択されてみて、違いはありましたか?」

印象ですが、それぞれのディレクターのカラーが反映されているように思います。FoundXでは馬田(隆明)さんがもともとお持ちの膨大な知識をスライドにして公開されており、プログラムにおいても、他のベンチャーの成功例・失敗例が紹介されて皆で様々な角度から検証するなど、教育的な進め方です。それを受けて、各人が自発的にアクションに移すような印象ですね。

いっぽう、東大IPCではパートナーの水本(尚宏)さんがストレートにアクションを提示して、近道が示されるようなスタイル。1stRoundでは6ヵ月間、月1回のミーティングでアドバイスを得られます。どちらもスタートアップには有難い支援ですね。

 

「実際に東大IPCではどのようなアドバイスがありましたか?」

ARAVを設立して、有難いことにいろいろな方面から問合せをいただいています。ですが、その個別の課題に目が行きがちで、限られたリソースのなか、パンクしそうになるんですね。しかし、それは馬車しかない時代に、早い馬車を作ってくれと求められるようなもので、そこに個別に対応することに時間を費やすよりも、先回りして自動車を作れれば、より多くの人の最大公約数的な要望に応えられるだろうというわけです。そういった視点で、近視眼的にならず、3年後や5年後というものを意識させてくれます。

ARAV株式会社CEO白久レイエス樹氏

東大IPCの投資を受け、1年後を目安に汎用的な製品化を目指す

 

「ARAVの事業について、今後の展望をお聞かせください」

 

1人で始めた会社が、1年になろうとする今で17人の組織になりました。建機の遠隔操作をするため、エンジニアも機械系や電気系、組み込みのソフト系、Web系など、各分野で必要になるため、どうしても人数は多くなります。また、広報など管理部門のスタッフもすでに置いていますが、これも東大IPCからのアドバイスによるもの。また、2021年3月に東大IPCより6300万円の資金調達を行ったところであり、ガバナンスも強化していきます。

事業のほうは4月の創設以来、いろいろな問合せをいただき、現在10社以上の建設会社また建機メーカー等と遠隔・自動化の共同開発を進めています。2020年11月には国土交通省の「建設現場の生産性を向上する革新的技術」に選定。また、伊藤忠TC建機株式会社と開発業務委託契約を結び、災害対策用遠隔建機操作システムの早期実用化をともに目指しています。

さらに、調達した資金により、遠隔操作システムのパッケージ化を推し進めていきます。多様な建設現場や製鉄所、被災地などを想定して課題を整理し、最大公約数的に解決できるソリューションとして製品化を急ぎ、1年以内には実現したい考えです。並行して採用活動も強化し、ユーザーの声を受けてプロダクトを改善していけるエンジニアや、プロダクトを直販する営業職の仲間を増やしたいと思っています。

 

「最後に、起業を目指す方にアドバイスをお願いします」

 

まずは気軽に起業してみる人が、もっと増えてほしいですね。たとえば在学中に起業して、卒業後は企業に就職してもよいでしょう。日本社会の雇用の流動性も、もっとあるべきです。会社を作り、経営を経験すると、会社というもののルールが分かります。小さな国を創ったようなもので、大企業であってもベースは同じだと思えるはずです。会社の登記はすぐできますから、難しく考えずにまずやってみる。日本は起業家の母数がもっと増えていいと思います。もっと一人ひとりがチャレンジすることで社会に活力をもたらせるでしょう。

 

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