東大IPC

Story

東大IPCでは、ベンチャー投資だけでなく、「東大IPC 1stRound」という 創業3年以内の起業家や起業前のチームに対し、
事業資金・ハンズオン支援・東大やパートナー企業のリソースをZero Equityで提供するプログラムを提供しています。
採択先に対しては、ビジネス推進から資金調達まで東大IPCが並走して支援します。
創業までの経緯、どのような支援が実際にあるのか、起業家たちに語っていただきます。

ハーベストエックス市川友貴CEO(後編)『アイアンマン』でロボットに憧れ、 プログラミングに熱中した中学時代。 ものづくりへの情熱が、道を拓いた

『アイアンマン』でロボットに憧れ、プログラミングに熱中した中学時代。ものづくりへの情熱が、道を拓いた

2020年度の東大IPC・1stRound採択企業のひとつ、HarvestX株式会社。彼らはイチゴの栽培工程のうち、工場化のネックだった「受粉」、そしてヒトの足腰への負担の大きい「収穫」を自動で行うロボットを開発している。ものづくりへ情熱につき動かされてきた市川友貴CEOの中高生時代、そして学生生活からの起業への道のりについて、この後編ではお届けする。

<前編>はこちらから。

ものづくりを愛する両親の元で、プログラミングに熱中した中学時代

――ロボットに興味を持つようになった時期やきっかけは何ですか?

ものづくりの好きな家庭に育ったことが大きいと思います。父親も自動車メーカー勤務で、母親もDIYの大好きな人。日頃からしょっちゅう自分たちの手を動かしてなにかつくっている両親の元に育ちました。

それからSF映画の影響も。アメコミのマーヴェル映画なんかをよく観ていて、『アイアンマン』(2007年)が中学生のときだったかな。ロバート・ダウニー・Jrの演じる主人公トニー・スタークは、ロボット開発者でもあり経営者でもある。パワードスーツのアイデアも技術的に現実とそうかけ離れているわけでもない。ああ、こういうものは将来的につくれそうだなと夢が持てて、科学的なロマンを感じました。

笑顔で高校生時代を語る市川CEO
ものづくりに明け暮れた学生時代を語る市川CEO

――実際にロボットに関わるようになったのはいつ頃から?

中学2、3年生くらいからプログラムを書くようになって、最初はC言語ですね。ソフトウェアやアプリケーションというよりは電子回路をやっていました。プログラムを書くのが面白くなりすぎて勉強がおろそかになってしまい、内申点が足りなくて高専にはいけなくて(笑)、地元の浜松工業高校に進んだんです。そこが文科省のSSH(スーパーサイエンスハイスクール) 指定校で、科学的なことに結構予算がついていたんですね。ハードウェアの学習って初期投資にお金がかかるので、その点で恵まれた環境だったと思います。

学校に3Dプリンタが入って、じゃあ何をつくろうかと考えてロボットアームをつくったり。何か目的があってというより、つくること自体が楽しくて、熱中してやっていました。

競技プログラミングの強い高校で、仲のいい友人が東工大のスーパーコンピュータのコンテストに出場したり、情報オリンピックに出るような同級生もいた。自分自身も若年者向けの技能五輪に参加していました。機械や電気などの競技で競うんですけど、回路の組み込みだとか、半田付け、また、いかにプログラムを正確に組むか、どれだけ素早くコードを書くかみたいな、そういうのが得意な人がいっぱいいました。

特に競技プログラミングで輝いている友人たちを見て、すごいな、悔しいなという気持ちがなかったといったら嘘になります。ただ、僕自身は競技よりもプロダクトをつくることが好きでした。

大学時代、自営で仕事をしながら、農業の実情と課題を知るように

――農業との関わりはいつからですか?

大学のときからです。当時、個人事業主として受託の仕事をしていて、東大農学部の研究員の方と仕事するようになったんです。農業用の組み込み機器をつくって、農家の方と話をするようになった。そういうコミュニティに入ることで、「人材不足」と一口にいうけれども、現場にどんな作業があってどこに手間がかかっているのか?というお話を聞けるようになったんです。

「一番大変なのは収穫なんだよ。腰も痛いし」という声をよく耳にして、工程の中でそこが最も大きな負担になっているんだ、とわかりました。作物を目で見て色や大きさの選別をして、傷をつけないように取って箱に入れる。繊細さも求められる作業ですし、同じ姿勢をとり続けることで身体に負担がかかる。そこをロボットで何か解決できないだろうか?と思いました。この社会課題に対しての手段としてのロボットという視点は、大学に入ってから持つようになったもの。のちにハーベストエックスの起業につながります。

室内イチゴの様子をチェックする市川CEO
室内ファームで育てるイチゴの様子をチェックする市川CEO

ただ、日本の農業は家族経営がほとんどで中小規模です。もしロボットで摘み取り作業ができるとしても、導入には初期投資が必要ですから、一般の農家さんに使っていただくのは違うのかもしれないという感覚がありました。

それでも収穫作業の困難さを技術でなんとかしたいという思いがあり、ロボットを入れるならどこがいいのか?と考えるうちに植物工場の存在を知ったんです。そこでボックス型の栽培設備をつくって展示会に出すと、実際に植物工場を手がける方達からお話を聞けるようになりました。

そして「栽培自動化の上でネックになっている工程は受粉なんだよ」と教えてもらって、収穫だけじゃなくて受粉のロボットを考えるようになったんです。

イチゴの花。ミツバチの力を借りずにこれを受粉させることは難しい
イチゴの花。ミツバチの力を借りずに受粉させるのは難しいため、ロボットを開発した

ソニーのインターンで企画から販売までの流れを学ぶことができた

――お話を聞くと、子どものときからものづくりが好きで、中学・高校とそれに打ち込んで、大学生のときにはすでに自営でお仕事。まっすぐに自分の好きなものに取り組んでこられたんですね。

いえ、僕の場合は本当に環境に恵まれて、周囲の人たちに助けられてだと思っています。ありがたいことです。ものづくりが好きなので、もともとはメーカーへの就職を選ぼうとしていました。ただ大学生のときに3年間、ソニーでインターンのような形でアルバイトをやらせてもらい、それは転機になったのかもしれません。

toio(トイオ)という子ども向けのプログラミング知育玩具の立ち上げに加わったんです。主たるメンバーの3名の社員さんがいて、そのサポートとして企画、試作、動作確認、マーケティング、宣伝、販売、といったビジネスの流れを一周り見ることができた。口幅ったい言い方になりますが、その3年間で大企業で働くことには満足してしまったというか(笑)。やっぱりものづくりは楽しい、だからこそ自分でやりたいという思いを強くしました。

そのときにソニーのエンジニアの方や他のインターン生とつながりができて、東大の本郷テックガレージにも呼ばれて通うようになって。いま思うと、その頃はアルバイトにいったり、自営で仕事しにいったり、テックガレージで過ごしたりという時間が多かったですね。大学の中だけだと退屈というか苦痛を感じることが多くて、自然と外にいくことが増えていきました。

本郷テックガレージでの出会い、そして起業へ

――大学の中が苦痛というのは?

工業高校時代、周りは熱心にものづくりやプログラミングに打ち込んでいる同級生が多かった。きっと大学も当然そうだろうと思っていたら、工学部だからといってみんなものづくりが好きかというと、そうでもないんですよね。進路の選択肢の一つとして工学部に進んだという人も多い。だから大学の中で友人と共通して打ち込めるものがなくて、疎外感といったら大げさですけど。

それが本郷テックガレージにいくと、東大の中でもいい意味での変人が集まっていて、ここはなんていいところだ!と(笑)。呼ばれるたびにいっていたら、いつの間にか技術スタッフになっていました。

そんな中で刺激を受けて、自分でもプロジェクトやってみたいと思うようになり、いま一緒にやっている服部と二人でハーベストエックスの原型となるものを始めたんです。大学の長期休暇を利用して、テックガレージの予算をもらってSFPという、チームで課題整理をしてプロトタイプをつくっていくプログラムに参加することになりました。

それが東大IPCとのつながりの始まりでもあって、その審査に IPCからロボットに詳しい古川圭祐さんが審査員としてきていた。そのときはまだ自分が起業するとは思っていませんでしたが、それ以降も古川さんに相談に乗ってもらって、TTTに出す資料を見て頂いたり。

――そこから順調に起業へと。

いえ、全然(笑)。むしろ順調じゃなかったから起業した、という側面が強いんです。TTTで賞を頂いて、SXSW も出られることになりました。でも2020年の新型コロナの感染拡大で渡航できなくなって

植物工場業界のトレンド的な話をすると、葉物野菜で一回盛り上がって、ただ葉物は収益率も高くはないので、そのブームがいったん落ち着いてきた段階だったんですね。なので、起業するにしても2年ほど先がよいのではないかと以前から考えていました。

そこでもう少し実地で学んで技術を磨きたいと思っていたところ、海外の植物工場から声をかけてもらって現地で仕事することに決まったんです。2020年春からそうなる手はずでした。ところがこれもコロナで現地にいけなくなり、ビザの審査も止まって。

しばらくはリモート勤務の形式で、日本にいながらその企業の仕事をしていました。とはいえ現地が見たくて入社したわけですから、リモートでは学びきれない。これじゃ先が見えないということをご説明して退職させて頂いて、また個人事業主に戻って受託で仕事しつつ、大学を卒業したのが2020年3月のことです。

――新型コロナのために、植物工場で働くプランが頓挫してしまったんですね。

そうなんです。でも、やっぱりどうしても植物工場用のロボットをやりたい。そう思いながらもどうやって資金調達したらいいのかわからない。そんなときに、僕は未踏のスーパークリエータに選ばれていたんですけど、未踏のOBの方から後押しされて、東大IPCの1stRoundに応募することにしたんです。それで採択いただいて、2020年12月に資金調達できて起業にこぎつけました。

――アクシデントを乗り越えながら、たくましく道を開拓されていますね。

いえいえ、もうギリギリです。1stRoundへの応募は本当にギリギリでした(笑)。海外企業も入ってすぐに辞めることになったので、そのあとどうしようかと思って1年足らずですがクックパッド で新規事業でのハードウェアの検証のディレクション業務を行っていました。起業はしたかったので、兼業の許可を頂き正社員として仕事していたんです。

――正社員採用というのも、技術力あってのことですね。自営だけでなく雇われる立場でお仕事できるのも、市川さんのフレキシブルさの現れに見えます。

どうでしょうか、量産周りの工程表とかもパッとつくれるので、そういうのは強みかもしれません。とにかく、そんな感じで2020年度は波乱に満ちていて、やっと2021年4月からイチゴ工場向けのソリューションに全力で集中できるようになってうれしい限りです。

イチゴファームをチェックする市川CEO
食の安定供給を目指し、これからもハーベストエックスの挑戦は続くーー。

やりたいことを応援してくれる人たちがいる幸せ

――最後に、起業を考えている人へのメッセージをお願いします。

僕はまだまだスタートしたばかりで偉そうなことはいえませんが、起業自体はあくまでも選択肢の一つなんじゃないですか。やりたいことがあったときに、それを叶える手段は起業じゃなくてもいいし、就職でもいい。研究内容によっては大学や研究機関で学ぶほうが合っているかもしれない。

日本で生きている限り、失敗しても命を取られるってことはそうないですから(笑)いろんな方法を考えてみていいと思います。これだ!というやりたいことが先にあって起業するのか、まずお金を集めやすい事業を考えて起業するのか、アプローチもいろいろでしょう。

僕の場合は技術屋としてやっていくならどうするかってことが目的で、会社をつくること自体は手段でした。やってみたら、しんどいことばっかり(苦笑)。僕自身はこれまですごく恵まれた環境にいるとは思うんですけど、やっぱり技術者上がりなので、雑務みたいなこと、書類とか役所への申請とか、組織づくりとか、そういうのは正直いって苦手です。

だけど会社を設立する際に、ある人から「スタートアップなんかやるもんじゃない」っていわれて「もうやっちゃいました」って。「やるな」と止められてもやっちゃうような人が、起業には向いているのかもしれませんね。大変でも、やりたい気持ちや事業内容に共感してくれる仲間、応援してくれる人たち、投資家……そういう人たちがいるのはいいことだな、幸せなことだなって思いますし、やっぱりその期待に応えていきたいですね。

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