東大IPC

Story

東大IPCでは、ベンチャー投資だけでなく、「東大IPC 1stRound」という 創業3年以内の起業家や起業前のチームに対し、
事業資金・ハンズオン支援・東大やパートナー企業のリソースをZero Equityで提供するプログラムを提供しています。
採択先に対しては、ビジネス推進から資金調達まで東大IPCが並走して支援します。
創業までの経緯、どのような支援が実際にあるのか、起業家たちに語っていただきます。

本気で取り組みたい課題があるからこそ起業を選んだ Mantra株式会社

「世界の言葉で、マンガを届ける。」をミッションに、漫画に特化した機械翻訳技術の研究開発を行っているMantra株式会社。2020年1月設立後、6月には資金調達を実施し、サービスの本格展開に向けて日々機能改善を行っています。代表取締役の石渡祥之佑さんに、事業概要や起業に至るまでの背景、今後の展望などについてお話を伺いました。

漫画の多言語同時配信を可能にし、海賊版の問題を解決したい

「まずは事業の概要についてお話いただけますか」
出版社や配信サービス事業者などの法人に向けて漫画の機械翻訳技術を提供しています。単に機械翻訳を行うだけでなく、翻訳に関する一連の作業をスムーズに行うためのSaaS型のクラウドシステムを提供することで、日本語の漫画コンテンツを世界に向けて発信するサポートをしています。

ハリウッド映画では世界各国で作品が同時公開されること(サイマル配信)はよくありますが、漫画がこのようにサイマル配信されるケースはまだ多くありません。我々は漫画翻訳を機械学習で効率化することで、日本での作品発表と同時に他言語でのサイマル配信の実現を目指しています。

漫画が翻訳されて他言語で展開されるまでには、従来長いタイムラグが発生していました。まずは週刊の漫画雑誌で連載され、数ヶ月後に発刊される単行本を読んだ海外の出版社から日本の版元に声がかかり、他言語での出版の計画が進みます。翻訳作業そのものにも、多くの手間と時間が掛かっていました。

Mantraが提供するサービスが漫画の迅速な多言語展開を可能にすることで、世界中の読者に作品を素早く届けるだけでなく、海賊版が出回ることで作家や出版社が本来得られるはずの利益が得られないなどといった問題の解決に繋がると考えています。

「具体的にはどのように使われるシステムなのでしょうか」
漫画の画像データを取り込むと、吹き出しとその中の文字が自動で判別されます。吹き出しには自動的に番号が振られ、自動翻訳されたテキストはシステム内で編集できるようになります。翻訳されたテキストを修正できるのはもちろん、フォントサイズの変更や、関係者間でのコメントのやりとりなども可能です。翻訳をチェックする人や出版社の担当者など、関係者全員が翻訳に関する作業を同一システム上で完結できる環境を構築しています。

「従来の漫画翻訳はどのように行われていたのでしょうか」
出版社が翻訳業者に原稿を渡し、翻訳業者が各翻訳者へ翻訳を依頼します。翻訳する上で、原稿の吹き出し部分に手書きで番号を振り、番号ごとにそれぞれの訳文をワードやエクセルなどに打ち込みます。翻訳のチェック作業を経て、次はレタリングという作業が発生します。レタリングとは、吹き出し部分が空白になった漫画データに、翻訳されたテキストをはめ込んでいく作業です。このように翻訳版の出版プロセスには複数の作業工程があり、関係者も多岐に渡ります。その都度原稿をメールやPDFでやりとりするので、作業の手間も時間もかかります。

Mantra株式会社代表取締役の石渡祥之佑氏インタビュー

言葉だけではないローカライズが重要

「競合となるようなサービスはあるのでしょうか」
漫画の海外展開をサポートする会社や、自動翻訳技術を開発する会社は数多くありますが、スムーズな翻訳作業を可能にすることで漫画の迅速な海外展開を実現することに特化した会社はほとんどありません。我々が実現したいのは、漫画が1ページでも多く、正しいルートで海外に届く環境をできるだけ早期に構築することです。その環境を実現するため、現在は競合と戦うフェーズではなく、関連する企業にいかに使ってもらうかが重要だと考えています。

翻訳市場のうち大部分を、社内のマニュアルや説明書の翻訳である産業翻訳が占めています。エンターテインメント領域の翻訳は産業翻訳に比べるとマーケットは小さい。だからといってこの領域に注力する企業が現れない限り、海賊版の問題は解決されません。我々は、漫画を始めとしたエンターテインメントコンテンツの海外展開における海賊版の問題に強い課題意識を持っているため、この領域に特化して取り組んでいます。

「産業翻訳との違いや難しさはどういった点にあるのでしょうか」
独特の言い回しやニュアンスを表現する必要がある点ですね。論文や説明書などは元の文章がかっちりした表現であることが多く、表現の分散も大きくないので、比較的機械翻訳がうまく動きます。一方、エンターテインメントの翻訳は、その作品にしかない固有名詞やセリフがあるなど、パターン化しにくい要素があります。その難しさをいかに解決していくかが、技術者として面白味ややりがいを感じる点でもあります。

「その他にも難しさや課題を感じていることはありますか」
権利問題や、各地域の文化に翻訳をどう適応させるかなど、課題は山積しています。自動翻訳された文章の権利は誰が持ち、誰が責任を持つのかを明らかにしなければなりません。コンテンツを翻訳するということは、ただ言葉を翻訳すればいいわけではありません。国によって表現が規制されている場合もあり、煙草など年齢制限のある嗜好品や、性的な表現についてなど、海外展開するうえで気を付けなければならないルールがあります。

従来の海外展開においては海外の出版社が担当している領域で、展開先の現地文化やルールを理解している人たちが再編集します。現時点ではその部分を補う機能が我々の技術にはありません。言語の翻訳が効率的になるだけでは、サイマル配信の課題を解決しきれないことがわかり、今後の課題として認識しています。

また、コンテンツの消費方法の変化にどう対応していくかも課題です。例えばYouTubeなど無料で楽しめるエンターテインメントが増え、コンテンツにお金を払うことへのハードルが高くなっています。その中で、どのような形式であれば漫画に対価を支払ってもらえるのかという点も、作者、出版社、配信事業者らと共に考えていかなければならない問題です。

文化圏を行き来した実体験が起業に繋がった

「起業のきっかけについて教えてください」
学科の先輩であるエレファンテック 代表取締役 清水信哉さんの講演を聴いてから起業に興味を持ち始めました。技術者が起業することについてのインパクトについて学生向けにお話いただき刺激を受けました。講演に参加した時点で起業に少しは興味があったのだと思いますが、この経験がなければ起業していなかったかもしれません。

博士課程の1年目には中国に半年、2年目にはアメリカに半年、インターンとして滞在したのですが、その際に漫画の海外での人気や海賊版の存在を再確認し、3年目でサイドプロジェクトとして現在の事業の基となるプロジェクトに取り組みました。

起業前には東大のSummer Founders Programに参加し、課題について徹底的にヒアリングすることが求められました。その過程で、海賊版が日本の出版社や作家にどのようなネガティブな影響があるのかもわかってきました。

漫画を多言語で展開するストアを作ることも検討しましたが、すでにストア自体はいろんな企業がサービス提供しており、それだけでは課題の根本解決にはならないのではないかと考え、翻訳ツールに行き着きました。翻訳にコストと時間がかかっていることや、自動翻訳が解決の鍵になることは想像できていましたが、誰がどのような課題を抱えていて、その課題をどんな技術で解決できるのかについては、ヒアリングを重ねる中で、解像度を高めていきました。

「なぜ漫画の翻訳に着目したのでしょうか」
日本と中国の2つの文化圏を行き来する中で、漫画を始めとするエンターテイメントの力を感じた原体験があったからです。私の生まれ育ちは東京ですが、母親が中国出身だったこともあり、日本では中華系のインタースクールに通っていました。幼少期の長期休暇には、親族に会いに中国を訪れることもありました。私の幼少期の90年代や2000年代初頭は『ポケットモンスター』や『名探偵コナン』などが、日本だけでなく世界中で人気を博し、日本発の漫画やゲーム、アニメなどのコンテンツが強い力を持っていた時期です。隣の国同士、政治的な対立が生じることもある中、エンターテインメントコンテンツを介して仲を深めあうことができることを、身を持って体験しました。

「東大の博士課程をでて、すぐに起業されていますね」
博士課程までに学んできたことを活かし、「早く現実の問題を解きたい」という思いが強かったからです。学士や修士で終わっていたら、起業の選択肢をとらなかったかもしれません。

また、日本以外のアジア圏の漫画市場が伸びている現在の市場環境も、起業を後押ししてくれました。日本の漫画市場は大きいものの、近年は横ばいが続いています。一方、中国や韓国は急激に市場規模を伸ばしています。日本が誇る漫画コンテンツの世界展開を加速させるためには、今を逃してはいけないと考えました。

中国や韓国で伸びているのはWeb漫画で、例えばテンセントの資本が入っている会社やNAVERグループの会社が提供する投稿型の漫画配信サービスは勢いがあり、多くの作品が短期間で爆発的に読まれています。一方、日本漫画の海外展開は、多くの国でまだ紙の本が主流です。紙での出版は時間がかかるため、顧客に届くまでのスピード感に課題があります。ここを急いで解決しなければ、と急ぐ気持ちがありました。

Mantra株式会社代表取締役の石渡祥之佑氏企業のきっかけを語る

諦めず再挑戦することで、包括的な支援を受けられた

「『東大IPC1st Rround』に応募したきっかけを教えていただけますか」
本格的に事業化するうえで、起業資金が必要だったことと、会社設立に関する知識が何もなかったので、支援を受けたいと思っていました。

実は「東大IPC 1st Round」前のプログラムに応募し、落選しています。そこで諦めず落選理由を教えてほしいと連絡し、アドバイスをもらい、指摘されたことは全て答えられるよう事業計画を見直しました。そして、2回目の応募で無事採択されました。

「採択を受けた感想を教えてください」
資金を得られたことはもちろん助かりましたが、起業に向けたハンズオンでは、想定以上の手厚いサポートを受ける事ができ、どんな些細なことでも相談に乗って頂けました。会社の登記の仕方や法務のサポートなど事務的なことから、出資者の紹介など資金調達に関することまで、幅広く対応頂きました。英語でプレゼンテーションをする機会を控え、何度も練習に付き合って頂いたこともあります。

同じく東大の起業支援プログラムであるFoundXにも採択され、事業の可能性をどう検証していくかのアドバイスや活動拠点となる部屋の無償貸与など、東大IPCとは違った支援も受けることができました。東大IPCとFoundX、両方の手厚いサポートを受けられ、東大に入ってよかったと純粋に思いましたね。

「起業を考えている方にアドバイスはありますか」
解決したいと本気で思える課題に取り組むことが大事です。起業には辛いことも多くありますが、重要だと思えることに取り組むことで乗り越えられますし、顧客からの感謝の言葉が励みになります。ただビジネスチャンスがあるからというだけで起業してしまうと、困難を乗り越えるモチベーションが枯渇してしまいます。儲けたいだけだったら大企業に新卒入社するほうが選択肢としては正しいかもしれません。自分の手で世の中の課題を解決していくことにやりがいを感じたい人には向いている気がします。

「今後の展望についてお聞かせください」
まずは現在提供しているサービスの導入事例を増やすことで、世界で読まれる漫画の作品数を増やすことを目指しています。隔週でシステムアップデートを行っており、顧客からのフィードバックを迅速に反映させることを徹底しています。

その先については、翻訳以外にも技術の力で漫画の可能性を広げる領域に挑戦していきたいですね。白黒の原稿に色を付けたり、スマートフォンに適した縦スクロール表示に対応したりするなど、言語以外にもより多くの人に楽しんでもらうために必要な処理をスムーズに行うための技術開発に取り組んでいきたいです。

長期的には、漫画だけでなく、アニメやゲーム、動画などのコンテンツについても、言語の壁を超えて世界中の人々が楽しめる世の中を実現したいです。

Mantra株式会社代表取締役の石渡祥之佑氏からのメッセージ

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