2023/1/5

上場企業からのMBO・カーブアウトを実行してスタートアップとしての成長を目指すSIGNATE  〜投資家である東大IPC、アドバイザーであるファイナンス・プロデュースも交えて振り返るカーブアウト・MBOの裏側〜

株式会社SIGNATE|代表取締役社長CEO 齊藤秀氏

AI/データ分析コンペティションとして世界的に有名な「Kaggle」の日本版として知られる「SIGNATE」。運営会社である株式会社SIGNATEは、コンペ事業を含むDX推進ならびにDX人材育成のサービスを展開するスタートアップですが、実は、元々は、株式会社デジタルホールディングスにおいて、AIプラットフォーム事業を担う事業会社でした。SIGNATEは、MBO・カーブアウトを経て、スタートアップとして外部資本を入れて成長していく道を選びました。

 

読者の皆様の中には、MBO・カーブアウトについて関心はあるものの、その詳細についてはあまり知られていないため、どう進めていいのか困っているという方もいらっしゃるかと思います。今回は、SIGNATEがデジタルホールディングスからどうやってMBO・カーブアウトしたのか、当事者の皆様にお伺いしたストーリーをお送りいたします。

 

更なる事業成長を求めて決意したMBO・カーブアウト、専門家の支援を受け検討開始

(SIGNATE齊藤、以下齊藤) SIGNATEの代表取締役社長をしております齊藤です。私自身は、広告ビッグデータ活用のR&D組織を立ち上げるというミッションのもとCAO(Chief Analytics Officer)としてデジタルホールディングスに参画。並行して、外部組織のデータ活用支援事業推進していました。2017年5月に、同事業をもとにデジタルホールディングスの100%子会社としてSIGNATEを設立しました。その後、2022年2月に東大IPC様にご出資いただいてのカーブアウトを発表させていただくこととなりました。

デジタルホールディングスの子会社として事業を進めている中で、SIGNATEとして更なる成長を目指したいと考えるようになり、成長戦略について協議を行ったのがきっかけです。MBOに関しては本などである程度知識を得てはいましたが、実際進めようとしても、何からはじめればよいか全くわからず、SIGNATE顧問弁護士であった柴田氏にご相談をしたところ、株式会社ファイナンス・プロデュースの松井氏を紹介いただきました

 

(ファイナンス・プロデュース松井、以下松井)ファイナンス・プロデュースの共同創業者・代表取締役をしております松井です。弊社自体もドリームインキュベータという上場企業からMBO ・カーブアウトしてできたスタートアップ専門のM&A・資金調達のアドバイザリー会社(いわゆるFA / Financial Advisory)になります。齊藤さんからご相談を受け、今回のカーブアウトに向けたご支援をさせていただきました。

 

上場企業からのMBO・カーブアウト自体、難易度が高いものです。スタートアップが資金調達をする時は自社とベンチャーキャピタル等の投資家合意があれば成立しますが、MBO / カーブアウトの場合はその親会社との交渉も入るため、考えるべきことがかなり複雑になります。

 

多くの場合、親会社の事情も勘案すると、グループ全体の資本や取引関係から、MBOのスポンサー候補や前提条件について、通常のスタートアップ・ファイナンスよりも制約が多くなる傾向があります。

 

今回は、齊藤さんとファイナンス・プロデュースにて事業を成長させるための現状や計画の整理・ブラッシュアップを週次の定例会議を中心に進めました。また、エクイティストーリーを練りつつ、様々な投資家候補と議論をしました。そして、様々なステークホルダーの意向や制約も考慮し、投資家であるだけでなく産学連携の意味合いをもてる東大IPCが最も魅力的な投資家候補という話になりました。

 

経験豊富で産学連携にも繋がることから候補に挙がった東大IPC

(東大IPC水本、以下水本)東大IPCの水本です。弊社の特徴の一つとして、大企業等の新規事業に関するカーブアウト専門ファンドを運用しており、東京大学が運営母体になっています。カーブアウト案件は、親子いずれかの経営層がカーブアウトを希望している一方、投資家をドアノックしていく知見やリソースが不足していることから、コンサルティング会社やアドバイザリー会社が窓口になることが多いという特徴があります。このため我々は彼らとの提携を戦略的に行っており、ファイナンス・プロデュース(当時、ファイナンス・プロデュースの前身にあたるドリームインキュベータのプライベートキャピタルG)はそのうちの一つでした。

 

松井さんとはドリームインキュベータ時代からの知り合いで、ファイナンス・プロデュースがドリームインキュベータからMBO / カーブアウトされてからも関係が続いており、今回のご相談をいただくに至りました。

 

SIGNATEのことは元々存じ上げておりましたが、詳細は相談を受けてから知りました。事業内容がAIやDeeptechと密接で東大とも相性が良いですし、投資検討に入ることを決めました。

 

(齊藤)投資検討に入るにあたってはかなり早い段階で関心を示して頂きました。とはいえ座組みや交渉の大枠を決めるまでに半年以上かかっています。投資家候補である東大IPCから、投資家の視点で事業の成功確度を上げるために詰めるべき経営課題をご指摘頂き、投資判断に資する事業計画の精度を高めてまいりました。また、平行してカーブアウトのスキームを専門家を交えて検討していきました。

 

ただし、これらの提案は、親会社の取締役会等で通る保証はありませんし逆に親会社から修正提案があったとしても、東大IPCが受け入れられるかはわかりませんこれらの調整が難しいポイントです。また、上場企業取締役会の開催頻度は決まっているので限られたタイミング、スケジュールで合意形成・決裁をとる必要があります当初、他の投資家へ相談に行った際、そうした状況に応じて柔軟に対応することが難しいという理由でお断りされたこともありました。

 

親会社側も一筋縄ではいかなかったというのが実情です。水本さんにも様々な協力をして頂きましたが、当然なかなか簡単には通らない。合意自体が難しいということもありますが、上場会社からのカーブアウトの発表は株価にも影響しかねないため、IRの観点も含めて、タイミングや内容に対して慎重にならざるを得ないはずです。

 

(水本)カーブアウトで必須となってくるのは、まさに親会社の理解です。決算影響、株価影響、税法、IR影響など、全ての関係者に納得してもらえる状況を作らなければならないため、基本的にカーブアウトのスキームはフルカスタムになってきます。

 

何が揃ったら大丈夫ということが最初から決まっているわけではないのです。多くの制約があるのでフルカスタマイズして、リスクとリターンが合う場所を見つけに行く。IPCの中でもこの委員会があって、というスケジュール説明まではできるけど、その委員会で通せる投資条件を明確に伝えることはできず、想定していたシナリオが崩れることもある。

 

カーブアウトをしたいという相談はよくいただきますし、その手法についても質問を受けますが、なかなか端的に答えるのは難しいですね。状況に合わせてスキームをフルカスタマイズするため、手法の再現性があるわけでもありません。カーブアウトの成立自体が矛盾を持った話でして、成長事業であれば親会社は手放したくない。一方、成長見込みの薄い事業であれば投資家が見つからない。カーブアウトの当事者の誰かに強い意識がないと実現することは難しいのです。

 

代表の強い意思、親会社の理解、サポートチームの全てが必要

(齊藤)まず、大前提として強い意思と覚悟が必要だと思います。私は、カーブアウトが成立しないならばSIGNATEの社長を辞めて自分で新たに事業をやるという意思をはっきりとお伝えしました。そこまでの覚悟があるのであればと、情熱を認めていただいたところはあるかなと思います。

 

デジタルホールディングスの鉢嶺会長は創業者で経験豊富な起業家ですし、野内グループCEO事業家・経営者であると同時に、著名なベンチャーキャピタリストでもあるので、最終的には理屈ではなく、いち起業家として人生をかけて向き合った決断であるという情熱と覚悟を評価いただけたのではないかと思っています。

 

一方、自分の都合だけでカーブアウトしたいと言っているだけでは当然だめで、そもそもカーブアウトしたほうが誰にとってもよい理由をしっかり説明する必要があります。SIGNATEの成長はもちろん、親会社および市場(親会社へ投資いただいている方々)のメリット、MBOのスポンサーになっていただく投資家とのエクイティストーリーについても、全ての立場からの事情を勘案し調整をひたすら行っていくことになります。

 

(水本)齊藤さんは腹のくくり方が一貫しており、だからこそ我々も、たとえこの案件が長期戦になってもなんとかしようと思えました。我々も関係者の説得に向け協力はしますが、親会社の社内の調整は内部の人がやるしかないですしね。デジタルホールディングスは、総じて厳しいながらも暖かかったと感じました。合意が得られれば、カスタマイズはこちらの腕の見せ所。三者譲れるところと譲れないところの折衝点を探ってスキームを設計していきます。

 

(松井)カーブアウトの検討を弊社が助言する形を開始して、話がまとまるまで約1年かかりましたので、齊藤さんは忍耐強さもありました。

 

東大IPCさんと検討に入る前は他の投資家候補とも協議しながら良好な初期反応が多かったものの、カーブアウト案件への投資経験が豊富な投資家は多く無いため、そこから先に進みにくい状況でした。

 

その後、東大IPCが前向きな検討に入って頂いた後は、事業プラン、エクイティストーリーを中心に様々な調査や検討・練り直しの課題を指摘頂いたり議論を継続し、東大IPCさんとの協議の3ヶ月目頃から段々、終わりが近づきそうになっては遠くなるように思える時期がありました。

 

その時期は、齊藤さんとファイナンス・プロデュースの週次定例打ち合わせにおいても、苛立ちや焦りをお互いに隠せないものの、歯を食いしばりながらやるべきことを一つずつ積み上げていくしかない時期でした。あの時がお互いにメンタル的に一番キツイ時期でした。

 

水本さんはそれをわかりつつも、若干試している部分もあったように感じましたが、内心ではどのように考えていましたか?

 

(水本)齊藤さんを応援したい気持ちは変わりませんでしたが、会社は生き物なのでカーブアウトの折衝をすすめる中でも状況は変化していきます。投資家として冷静に会社の変化量を見極めながら本件に本当に投資して良いのか迷っていた部分がありました。生まれた懸念点は、できるだけカーブアウト前に潰す努力を皆さんに求めることでカーブアウト後の実行力を見極めようとした部分があります。

 

(松井)確かに、投資委員会に正式に諮る前に管理面の再整理を促したり、エクイティストーリーの議論を深めながら、投資後の事業の成功確度を少しでも高めようとしている姿勢を感じました。

 

子会社である間は、法務、経理、労務といったバックオフィスが親会社マターになっていることが多く、単体での数字を提示しようにも、最初からスタートアップとして単体経営をしている企業と比べると、切り分けや整理が難しいです。SIGNATEは、独立の準備と実行が進むに伴い、財務等の単体としての整理が進み、単体としての経営管理の足腰が強化されたと近くで見ていて実感します。

 

カーブアウトの過程でエクイティストーリーが東大IPCをはじめ様々な投資家候補や親会社と議論していく中でブラッシュアップされましたし、採用においても、上場企業の子会社として親会社の優秀な方の出向を待つのではなく、単体として魅力を上げることで最適かつ優秀な候補者の目に留まりやすくなったと推察しております。

 

(水本)大企業等の内部においてある程度の事業規模になった新規事業のカーブアウト/MBOは、起業家がスタートアップとして独立する優れた手法である一方、通常のスタートアップがエクイティ・ファイナンスをするのとは、随分事情が違ってきます。基本的には特殊な対応が必要です。しかし特殊ということは関係者の負荷が高くなり、ステークホルダーには嫌がられてしまうわけです。それを進めるには、是が非でも成し遂げたい、やらなくては、という当事者の強い気持ちが必要です。それが無ければ我々がいくら知恵を絞ってスキームを設計しても意味がない。カーブアウトの実現には当事者たちの熱意がどうしても必要なのです。

 

特殊事情が多いながらも拡大余地のあるカーブアウト/MBO

(齊藤)東大IPCは、テクニカルな面でもご経験豊富ということもありますが、事業を成長させるための有力な投資家候補として関係者の説得を進めるにあたり、とてもよくフィットするポジションにいらっしゃいました。東大IPCは、産学連携に強くアカデミアとの連携がしやすく、私自身もアカデミアとの連携の経験があったことから、事業の成長にどう繋げるかについてのストーリーのイメージがしやすかったです。他のファンドですとなかなかこうはいかなかったと思います。

 

(水本)東大IPCを説明する時、中立性が高いという言葉をよく使います。事業会社からのカーブアウトは、他の会社に株を渡すという形を伴うため、A社からB社へのM&Aという対立構造になりがちですが、大学ファンドですと産学連携で説明ができるのは大きな強みです。

 

我々と似た存在は他にもあり、日本では東京大学、大阪大学、京都大学、東北大学がファンドを作っています。京都大学などは創薬に強く、武田薬品工業からのカーブアウトを東大IPCと共同で実施したりもしています。大学系ファンドは、カーブアウトの担い手として意外と良い立ち位置なのではと思っています。

 

東大IPCでは「1stRound」という起業支援プログラムを通じて年間16社、通算60社程度の法人化を支援していますが、通常のスタートアップファイナンスではベンチャーキャピタル、エンジェル投資、銀行融資といったエコシステムが確立されてきたと感じます。対してプレイヤーやノウハウがまだ拡散していないのがカーブアウト/MBOの世界。まだまだプレイヤーが増えていく余地があるでしょう。

 

(松井)カーブアウトをしたい事業部や子会社のリーダーがいたとしても、カーブアウトしようとしているという情報が不用意に外に漏れてしまうと、当該リーダーの社内での立場や親会社の株価にも影響しかねないため、情報管理も重要です。そうした観点からも、公表は結果だけで途中経過は外からはわからない、というのがカーブアウト/MBOの多くの進め方になってしまいます。そのため、なかなかノウハウが共有されにくい状況です。

 

我々は様々な案件をご支援していますが、中でも、カーブアウト/MBOについては、中途入社で新規事業や子会社の代表になられていて、親会社のアセットにそこまで依存していないというパターンですと調整がスムーズになりやすいと感じています。プロパー入社の方は親会社の役員を目指すキャリアですと方向性が異なる傾向がありますし、そうでない場合でも親会社のアセットを多く活用している場合は調整が難航する傾向があります。SIGNATEはどちらかというと前者のパターンでしたが、齊藤さんは弊社にご相談いただいた後も、ご自身で磯崎さんの本を読まれて、こうしたいといった提案をされてくるなど、やはり情熱がありました。

 

(水本)カーブアウト/MBOは、ファンド側にもかなり知見が必要で、バリュエーションもこちらで提案し、それを親会社に納得させないといけない。今回は親会社のデジタルホールディングスにも一部出資いただいていますが、三方良しで決着させる落とし所を作っていくのは本当にやりがいはありつつ、難易度は高いです。とはいえ、情熱のある経営者と共に高い壁を超えたときの達成感は大きく、カーブアウトの相談事例が増えていくと嬉しいですね。

 

カーブアウト/MBOを検討している方へのメッセージ

(齊藤)カーブアウトが終わっても、これからの課題はまだまだ山積みです。私はスタートアップとして事業を開始したわけではないためスタートアップのエコシステムについてはまだ詳しいわけではなく、投資家がどういうものか、バリュエーション算定はどう行っていくか、どう資本政策を作っていくかなど、勉強すべきことが多くあります。しかし、東大IPCにはコミュニティがあり、すでに多くの支援をいただいています。難易度が高く、知見が共有されにくいカーブアウト/MBOですが、ファイナンス・プロデュースに伴走いただきながら東大IPCに投資を実行頂き、現在の形でのスタートを実現できたと感謝しております。お二人に報いるためにも引き続き頑張りますので、ぜひ引き続きご支援いただければと思います。

 

(松井)最初にお会いした時から齊藤さんがブレずに事業のゴールと成長に対して何が最適か、熱意を持って取り組み続けたことが、今回カーブアウト/MBOを実現できた最も大きな要素であると感じています。検討を進める過程でも事業基盤を強くする準備を進めてきましたが、これからも更に成長されることを期待しておりますし、引き続き応援しております。

 

(水本)投資家の成功は、投資の実行ではありません。投資先が成功してこそです。MBOはその第一歩であり、出資、成長、バリューアップ、そして成功事例を以って後続者が登場し、幾つものファンドが生まれていく。これこそがスタートアップ・エコシステムです。幸いSIGNATEは、カーブアウト後に大きく成長しています。さらなる成長に向け、ハンズオン支援を続けさせていただきます。この記事を読まれてカーブアウト/MBOにご関心を持って頂いた方は、ぜひ投資家としての東大IPCや、アドバイザーとしてのファイナンス・プロデュースまでお問い合わせください。

 

◆SIGNATE

2017年5月デジタルHD100%子会社で設立。 2018年4月に社会の DX推進とDX人材育成の同時達成を実現するプラットフォーム「SIGNATE」を開設し、以降も企業・行政機関の AI・データ活用課題をSIGNATEに登録する8万人のデータ人材(2022 年12 月現在)が解決に導く「SIGNATE Competition」、一般職から専門職まで全社規模で組織のDXを加速するDX人材育成クラウド「SIGNATE Cloud」等、サービスを展開。

会社HP: https://signate.jp/

 

◆東京大学協創プラットフォーム開発株式会社(東大IPC)

VCや企業、大学・アカデミアと民間企業との連携を通じて、東京大学周辺のイノベーション・エコシステム拡大・発展を目指す東京大学100%出資の投資事業会社。2016年1月の設立以降、投資ファンド組成や国内最大規模を誇る大学連携インキュベーションプログラム「1stRound」の開催をはじめとする起業支援などを展開。

会社HP: https://www.utokyo-ipc.co.jp/

 

◆ファイナンス・プロデュース

主にシリーズB以降等のグロース・ステージのスタートアップ起業家側のセルサイドFA(Financial Adviser)としてのスタートアップM&A助言や、大型IPOに向けた資本政策・大型資金調達の助言、上場企業やメガベンチャーからのMBO・カーブアウトの助言、新興上場企業向けPIPEs助言事業を展開。

会社HP: https://finance-produce.com/

会社公式note: https://note.com/ncorn/n/naae5faeb1fbe

 

 

 

一覧へ戻る
東大IPCの
ニュースを受け取る
スタートアップ界隈の最新情報、技術トレンドなど、ここでしか得られないNewsを定期配信しています