アニメ作品の理解に特化したAI技術で、世界を魅了する日本のアニメ産業を支える

2024年度の第10回1stRound支援先の一つである株式会社AI Mageは、2024年3月に設立。東京大学松尾研究室でAI技術を学ぶ傍ら、幼少期から好きだった日本アニメの世界に貢献したいという思いから制作現場でインターンをし、現場業務を効率化するプロダクトを開発。その時に発見した課題に基づき、現在はアニメ作品の理解に特化したアニメオタクなAIの開発を通じて日本アニメの世界展開を後押しすることを目指す代表取締役の張 鑫氏に、事業の概要や起業に至った経緯、今後の展望などを聞いた。
アニメに特化したAIで制作や監修、ライセンス管理を効率化
―まず、AI Mageの事業について教えてください。
張:アニメ業界において、IPホルダーや制作スタジオとコラボし、AIを活用した業務効率化支援をしています。具体的には、アニメ作品の理解に特化したアニメオタクな汎用人工知能の開発です。弊社ではこれを、Anime General Intelligence(AGI)と呼んでいます。従来は属人的に管理されてきたアニメ作品に関する各種データや担当者が暗黙知として有しているノウハウを、自然言語で検索可能なナレッジベースに変換し、必要なタイミングで瞬時に取り出せるようにしています。
このAGIを制作・監修など、作品に関する深い知識を必要とする様々な工程に活用することで、業務効率化を実現します。例えば、作品が正しく使用されているかをチェックする監修業務であれば、長年作品に関わってきた担当者が一人で行ってきた作業を、AIとの分業により実現できるようになります。これにより、最終的には担当者の負荷を10分の1くらいに軽減することも目指せると考えています。

―AIを活用した業務効率化について、アニメ業界はどう見ているのでしょうか。
張:ここは重要なポイントなので、丁寧にご説明します。アニメ市場自体は、動画配信プラットフォームの普及やシリーズ作品の成長による需要増を背景に、グローバルで年率約5%の成長が見込まれています。一方で、製作委員会などのアニメ制作者が制作費を回収する際は、動画配信だけではなく商品化やゲーム化、コラボ企画などの二次利用がどれだけ広がるかが重要な鍵を握ります。そうした中で、現状はどうしてもIP(知的財産)の使用可否を判断する許諾・監修作業に時間がかかってしまうため、購買意欲が高い時期にIP商品を届けられなかったり、そもそもコラボを諦めてしまったりといった機会損失が生じているのです。特に日本では、魅力あるIPを多数有していながら現場に余裕がないために、海外からの二次利用ニーズに応えきれず、海賊版や転売ヤーに市場を取られるなど、その機会損失は多大なものとなっています。
一例を挙げると、監修作業では「この台詞回しはそのキャラクターの過去の発言と食い違わないか」「この構図やポーズは時代背景と整合しているか」といったことを確認します。これらは作品の設定資料や過去の放映映像を見ながらチェックする必要がありますが、現状はその作品を長年監修しているベテランスタッフの知識や記憶頼みになっているのが実態です。そこで当社は、AGIにより必要な作品データを瞬時に呼び出せる環境を提供することで、そうした監修業務を効率化しようとしているのです。
よく「AIが仕事を奪う」と言われますが、我々が置かれている状況は異なります。仮に我々が監修業務を10分の1に効率化できれば、ライセンス機会が10倍に広がる可能性があると考えています。
―サービスの現在のフェーズと、今後の展望を教えてください。
張:はじめに2025年4月に、自然言語によって参考図を探せる検索エンジンをβ版としてリリースしました。これはアニメ作品の映像をアップロードすると、AIが自動で処理を行い、一般的な言葉により欲しいシーンを検索できるようになるシステムです。まずは無料トライアルでの提供を通じたプロダクトの磨き込みをしているのですが、ありがたいことに、口コミを通じて様々な制作会社様をご紹介いただき、既に10社程度が利用している状況です。
直近は、これらの技術を監修業務の効率化に活用するためのSaaSソリューションの開発に注力しています。既にMVPの実装は完了しており、実際に複数のIPホルダー様にお試しいただきながらβ版のリリースを目指している状況です。このソリューションが実際に監修業務の効率化に寄与し、多くのIPホルダー様に導入いただけるかどうかが、弊社事業にとって最初の大きなマイルストーンとなります。
将来的には、構築した作品のナレッジベースを用いてコラボ企画の募集などを効率的に行える、ライセンス管理のプラットフォームの構築・リリースを目指したいと考えています。そもそもアニメ作品に関するデータには、ネット上に公開されていないものが沢山あります。弊社はIPホルダーの現場に深く入り込み、丁寧な説明を繰り返しながら彼らの権利を尊重したAIの活用方法を検討してきました。これらは仮に海外のAI企業が乗り込んできても一朝一夕に実現できるものではないため、先行者優位が大きいと考えています。
将棋のプロを目指して来日するも、将棋AIに衝撃を受ける。人間の側に立つAIを開発することを決意
―2024年3月にAI Mageを設立されていますが、起業に至った経緯を教えてください。
張:私は日本のプロ棋士養成機関である奨励会に海外在住者として初めて合格し、2011年に14歳で単身来日。20歳まで棋士を目指して練習に励んでいました。そんな中、2017年に衝撃的な出来事が起こりました。将棋AIがプロ棋士を負かしたのです。当時の私は人間の立場で将棋を極めようと日々努力していたので、自分自身のアイデンティティが揺らぐほどの影響を受けました。その後、自らAIを学ぼうと決意し、2019年に東大の松尾研に入ったのですが、生成AIが高精度なアニメ画像を数秒で生成するのを見て、将棋界で起きたのと同様に、アニメ業界でもAIがクリエイターの脅威になるのではないかと危機感を持ちました。将棋の道でAIに対する挫折感を味わった身としては、人間の存在意義を脅かす形ではなく、むしろ人間をサポートしてそのポテンシャルを最大化するためにAIを利用したいと思っていました。そこで、制作現場でのAI活用の可能性を一緒に探りたいと、複数のアニメ制作会社のドアを叩きました。
2022年末、10社ほど声をかけた末に興味をもってくれたスタジオにインターンとして参画し、生成AIの現状を伝えながら、制作現場の課題を現役クリエイター約50人からヒアリングしました。作画や彩色をAIに代替させるアイデアもありましたが、それより切実だったのが、制作工程で監督がクリエイターに対して感覚的にしか指示を伝えられないために生じる、手戻り作業です。それらは、アニメに特化した検索エンジンを作れば解決できるのではと考えました。
こうして取り組んだ「アニメ制作工程のデータ資産を有効活用するAI管理システム」のプロジェクトが、2023年度の未踏アドバンスト事業に採択されました。制作現場からも前向きなフィードバックをもらっていたことを踏まえ、博士課程を修了したタイミングで会社を設立したのです。実は、1stRoundにも何度も応募しており、2024年度、3度目の挑戦でようやく採択されることができました。
―1stRoundに採択されて実際に役立ったことを教えてください。
張:採択された当時はまだ、ビジネスのことを何も分かっていなかったのを、基礎 or 一から教えていただきました。未踏アドバンストのときは学生で、プロジェクトを楽しくやっていたというイメージでしたが、それが1stRoundの半年間で会社らしくなってきたという感じです。
実際、メンターの水本さんに自分の考えを壁打ちさせてもらえたのが良かったです。スタートアップの初期には、仮説から検証のサイクルを回して、仮説の質を高めていくことが大事です。そのプロセスをとても支えて支えていただきました。また、水本さんには今もいろいろ相談させていただいており、現在VCと進めている資金調達についても、それぞれのタイミングで何が論点にあるのかなど、起業家の立場に立ったアドバイスをいただいています。
アニメ愛にあふれたメンバーで、日本のアニメ産業の発展に寄与していく
―会社のメンバーはどのようにして増やしてきたのですか。
張:現在はインターン含め、10名強がいます。そのような当社も創業時は1人で始めたものですが、アニメ業界で20年の経験を持つ方が会社設立から顧問になってくださり、実質的には彼と2人で会社を作ってきた感じです。現在事業開発をリードしてくれているのは、もともと私が来日したときに塾のメンターをしてくれていた東大の先輩です。その後も連絡を取り合っていて、会社設立から4ヶ月くらいのときに改めてお誘いし、少しずつ事業に関わってもらうようになりました。プロダクト開発は今年に入って2人がフルタイムで加わってくれました。また、他にも世界的に著名なAIスタートアップの技術者が技術開発の支援、エンジェル投資家としてコミットしてくれています。皆さん非常に優秀な世界でもトップレベルのAIエンジニアですが、アニメが好きだからという理由で、弊社に関わってくれています。
感覚的な数字ですが、日本にいる留学生の9割くらいは日本アニメが好きだと思うので、この業界に関わりたい、役に立ちたいという思いで自走できる、優秀なエンジニアを今後も集めていきたいです。そうして、アニメという日本が圧倒的な強さを誇る領域で、世界で戦える日本発のスタートアップを目指します。

―最後に、起業を考える方へアドバイスをお願いします。
張:起業をした当初は、それまでただの学生だった自分の会社が、アニメ業界のトップ企業の方々とコラボレーションできるようになるにはある程度時間がかかると思っていました。しかし、もっている技術自体に価値があり、きちんと現場へのリスペクトを持って接すれば、そうした企業の方々がむしろ我々を全力で応援してくれるのだと気づきました。
会社を作らずにアニメ制作会社などに就職し、その中でプロジェクトを立ち上げて取り組んでいく道もありました。しかし、それだと業界の課題を根本的に変えるには至らなかったと今は思っています。会社を作ることで新たに見えてくるゴールもあるのではないでしょうか。
やりたいことが明確であれば、起業は大きな選択肢の一つになります。私自身、アニメ産業の課題解決は人生の中でコミットすべきテーマだと思い、オールインする意気込みで始めました。そんな風に考え抜いて踏み出せると、大きな武器になるかと思います。その上で、圧倒的な技術力やスピード感といった強みがあれば、起業して実際にビジネスをやってみても興味を持ってくれる人は意外と沢山出てきますので、恐れずにぜひ一歩を踏み出してみてほしいですね。
