中小企業向けに資産形成や福利厚生を支援する「はぐくみ企業年金」で、誰もが尊厳を持てる世界を目指す

東大IPCが運営するAOI1号ファンドの出資先の一つである株式会社ベター・プレイスは、「やさしい人がやさしいままでいられる世界へ」をビジョンとして、中小企業向けに資産形成や福利厚生を支援する「はぐくみ企業年金」を設立し、導入推進事業を展開。生活者のライフイベントや老後を支えるインフラの1つとなりつつある。東大IPCはその社会的意義と事業の将来性に着目し、2021年11月リードインベスターとして出資。2023年6月のシリーズBでも追加出資を行い、同社の成長を力強く後押ししている。今回は、ベター・プレイスの事業に込めた思い、経済と道徳の両立、そして見据える未来について、代表取締役社長の森本新士氏と、東大IPCの投資担当者であり同社の社外取締役でもある美馬傑(みま・すぐる)氏に聞いた。
元本保証・柔軟な運用・DXによる簡易な手続きで加入者10万人を突破
―まず、「はぐくみ企業年金」とはどういうものかを教えてください。
森本:公的年金を補完する私的年金の一種である企業年金を、中小企業向けに導入しやすく設計したものです。一般的に、企業年金は企業型DC(企業型確定拠出年金)が主流ですが、日本の法人の9割以上を占める中小企業では、コストや事務負担の面から導入が難しいという現実がありました。特に、社会にとって不可欠な存在であるにもかかわらず、十分な福利厚生を受けられていない福祉・医療分野のエッセンシャルワーカーの方々に、この恩恵が届いていないことに強い課題意識を持っていました。
―中小企業でも導入しやすい、具体的な仕組みについて教えてください。
森本:主な特徴は3つあります。第一に、運用成績に左右される企業型DCとは異なり、元本が保証(※)された「確定給付企業年金」とすることで、誰もが安心して資産形成に取り組めるようにしました。
※運用実績により不足が生じた場合は、事業主が不足分を補てんします。
第二に、企業型DCは60歳まで引き出せないという制約が加入のハードルになっていることを参考にして、退職や休職、育児休業といったライフイベントの際にも一時金として受け取れる柔軟な制度設計にしました。これは特に、女性従業員の割合が高い福祉・医療業界の実態に即した仕組みです。
そして第三に、独自開発した企業年金DXシステム「はぐONE」によって、加入手続きから掛金の変更、積立額の確認まで、あらゆる手続きをデジタル化しました。これにより、企業側の事務負担を大幅に軽減し、従業員はスマートフォン一つで手軽に資産状況を管理できます。さらに、導入後の従業員向け説明会や投資教育も、オンラインや動画コンテンツを活用してきめ細かくサポートしています。
これらの取り組みが実を結び、2018年のサービス開始以来、加入者数は10万人、導入法人数は4,000社を突破し、業界を問わず多くの中小企業に支持されています。

経済的な基盤が生き方を自由にする。この実現を広めることがライフワークに
―この事業は、どのような経験や考えから生まれたのでしょうか。
森本: 私自身の原体験が大きく影響しています。シングルマザーの家庭で育ち、経済的に決して恵まれているとは言えない環境で生きてきました。その中で、金融や会計の知識があるかないかで、受けられるサービスの質や量が大きく変わってしまう社会の不条理を肌で感じてきたのです。この課題意識は、新卒で外資系保険会社に就職し、20代で年収1,000万円を得るようになっても、常に心のどこかにありました。
転機となったのは、さわかみ投信の創業者である澤上篤人さんとの出会いです。澤上さんから「ファイナンシャル・インディペンデンス(経済的自立)」という考え方を学び、経済的な基盤を築くことが、いかに自由な生き方を可能にするかを教わりました。その影響を受け、私は個人の資産形成をサポートする独立系の資産運用会社を一度起業しました。しかし、この挑戦は失敗に終わります。その後、大学院で会計を学び直し、2011年に二度目の起業として立ち上げたのが、現在のベター・プレイスの前身となる会社です。
―一度目の起業の失敗から、どのような教訓を得ましたか。
森本: BtoCの資産運用ビジネスは、マーケティングコストが莫大にかかるため、成功のハードルが非常に高いと覚悟しての挑戦でした。覚悟はしていましたが、さわかみファンドのように特別なストーリー性がなければ、一般の個人投資家にアピールするのは困難であることを痛感しました。
そこで二度目の起業では、その反省からBtoB、つまり企業向けの企業型DC導入コンサルティングから始めました。企業は合理的な判断を下すため、サービスの価値を正しく伝えられれば導入につながりやすく、単価も大きいという利点がありました。ただ、それ以上に大きな教訓となったのは組織の問題でした。
―組織の問題とは、具体的にどのような学びがあったのでしょうか。
森本:最初の会社では、富裕層向けの金融商品を一般向けにアレンジするというビジネスモデル自体は優れており、最終的には良好な運用成績を収めることができました。しかし、ファンド組成から2年ほどの短期間ではその成果が十分に伝わらず、結果的に私が責任を取って退任することになったのです。
これは、ビジネスモデルの失敗というよりは、組織運営の失敗だったと深く反省しています。ビジネスを成長させるには、事業戦略だけでなく、それを支える組織の成長が不可欠です。組織は事業と同じくらい大事だということを、身をもって学びました。
一度目の起業の失敗から学び、組織や人に助けられて事業を拡大
―その「組織の重要性」という学びは、ベター・プレイスでどう活かされていますか。
森本:事業は一人では決して成り立ちません。社内では「従業員は60点でよしとせよ」という考え方を大切にしています。社長が完璧を求めるのではなく、社員一人ひとりが心理的安全性の高い環境で力を合わせることによって、個人の能力を超えた集合知が生まれるからです。これは中央大学大学院の恩師であり、当時ファーストリテイリングの社外監査役だった安本隆晴先生の教えです。安本先生には、経営における会計の重要性も教わり、現在も当社の社外監査役として経営を支えていただいています。
またボードメンバーとして、2022年より当社のCFOを務める野崎始が、ファンドマネージャーの豊富な経験を持つ参謀として活躍してくれています。さらに、社外の専門家の協力も大きな力となっています。たとえば現在社外取締役を務める立山貴史さんは、一代で大規模な社会福祉法人を築き上げた優れた経営者です。そのような方が私の「生活者の資産形成を支えたい」というミッションに深く共感してくださり、構想段階からアドバイスをくれましたし、彼の人脈を通じて全国の保育業界に「はぐくみ企業年金」の輪を広げるきっかけを作ってくださいました。
―その二度目の起業を、最初は企業型DCの導入設計コンサルから始められたのは、企業年金への課題感が背景にあったからですか。
森本:そうです。企業年金というのはマニアックな世界ですが、そのメリットを分かりやすく伝えて導入いただきたいと思い、企業年金の主流である企業型DCのコンサルを行いました。コンサルファーム的に成功報酬で提示したことで、新興の成長企業を顧客にすることができたのです。
2011年の起業以降、そうした事業を行う中で、ビルメンテナンスや介護、保育などエッセンシャルな現場を持つ中小企業にもコンサルを行っていました。しかし企業型DCは、そうした企業にはフィットしなかったのです。本当に資産形成が必要な方々に対して何かできないかという思いがずっとあって、コンサル事業が安定した2016年頃に「はぐくみ企業年金」の構想に着手しました。そこから約2年の準備を経て、2018年にサービス提供を開始することができました。
東大IPCの支援の肝は、多彩な「助けてくれる人」の紹介にある
―東大IPCから最初の投資は2021年11月でしたが、投資担当者の美馬との出会いは、どのようなものでしたか。
森本:2021年3月に、安本先生から美馬さんをご紹介いただきました。「はぐくみ企業年金」を立ち上げたものの、自分たちが金融サービスの提供者となる以上、社会的信用力が高く、社会貢献を志向するプレイヤーからの支援が必要だと考えていたのです。
幸い、東大IPCの投資方針と当社の事業が合致したことに加え、美馬さんご自身の投資家としての能力はもちろん、これまでの経験で築かれた多彩な人脈に大きな魅力を感じました。以来、事業推進に不可欠な多くの専門家をご紹介いただき、当社の成長を加速させていただいています。たとえば、元Paidy代表で、現在社外取締役に就任いただいている杉江陸さんや、元ブリヂストン・出光興産CDOの三枝幸夫さんといった、そうそうたる経営のプロフェッショナルとのご縁も美馬さんの紹介があったからこそです。
美馬:ベター・プレイスさんのニーズと、私の知り合いとの相性が良かったという点もあったのも事実だと思います。前職で延べ20年ほどPE投資業務を行ってきて思うことは、事業を成長させたり、新しいことを始めたりする際には、周囲に助けてくれる人の存在が重要だということ。それも、森本さんの思いやベター・プレイスの企業理念がしっかりしていることが、周囲を引き付けているのだと思います。
「はぐくみ企業年金」については、中小企業のニーズを思い浮かべた際に、おそらくフィットすると感じました。定量的な効果が見込める仕組みでもあり、顧客に受け入れられ、事業として伸びると確信しました。また、森本さんの誠実で共感を呼ぶ人柄も、中小企業の経営者を相手にするビジネスにおいて大きな強みになると感じました。

アセットマネジメント事業で、アフォーダブル住宅ファンドに挑戦
―ベター・プレイスの事業は「経済と社会的意義/社会課題の解決の両立」を体現しているように思いますが、それを可能にした要因は何でしょうか。
森本:第一に、多くの金融機関が敬遠しがちな中小企業向けビジネスに、私の原体験に基づく強い使命感を持って取り組んでいることです。
第二に、DXの力で徹底的に業務を効率化し、中小企業でも導入可能なコスト構造を実現しました。
そして第三に、サービスが従業員の方々にしっかり支持されているという事実です。2023年10月~2024年9月の加入率は71.1%と非常に高い水準(※)を記録しています。
※他の福利厚生制度の利用率との比較(出典:独立行政法人労働政策研究・研修機構「企業における福利厚生施策の実態に関する調査―企業/従業員アンケート調査結果―」(2020年7月))
―今後の事業展望についてお聞かせください。
森本: 「はぐくみ企業年金」でお預りした資産を、さらに社会に還元していくことを基金へ提案して、アセットマネジメント事業にも挑戦したいと考えています。具体的には、海外でのマイクロファイナンス事業への投資や、日本国内でのアフォーダブル住宅ファンドの設立です。
特にアフォーダブル住宅は、高騰する住宅価格の中で、エッセンシャルワーカーやシングルマザー世帯に手頃な価格の住宅を供給するため、東京都でも官民連携プロジェクトが進められています。都の出資を原資に家賃を低く抑えながらも、ファンドとして成立する仕組みを構築していますが、自治体の協力により可能となるこうした取り組みを参考にしながら、当社でも既存の金融機関に先駆けて取り組んでいきたい。これらの事業は、「はぐくみ企業年金」加入者の運用利回り向上に貢献するだけでなく、ESGの観点からも、預かった資金が社会のために使われるという意義深い循環を生み出すと信じています。

―そうしたテーマが出てくると、多様なバックグラウンドを持つチームが必要になりますね。
美馬:そうですね。このようなチャレンジをしていくには、マクロの方向性を深く読む力も必要です。その点、ベター・プレイスには強力なボードメンバーが揃っています。社外監査役の西本浩二さんは三菱UFJフィナンシャル・グループの役員を歴任された方ですし、社外取締役に就任された杉江さんも、金融業界とスタートアップの経営を実践されてきた方です。そうした複数の目で中長期を見据え、事業の方向性、財務戦略、リスク等を判断しつつ、企業を的確に経営していくことが必要だと感じます。ソーシャルなテーマであっても、きちんと事業として成り立つことは分野と体制によっては、可能だと思います。
森本:そのとおりで、このような心強い仲間が集まって事業に取り組めているのは非常に大きいですね。経験やノウハウが要求されるような新たなテーマにも、仲間を加えながら意欲的に挑戦していきたいです。
―最後に、ベター・プレイスをどのような会社にしていきたいですか。
森本:社名の通り、「良い場所」であり続けたい。性差や経済状況による格差のない、誰もが安心して暮らせる社会を、事業を通じて実現できたらと思います。そのために、心強い仲間たちと共に、社会的な意義と経済的な成長の両方を追求し、力強く歩み続けていきたいです。
