東大発の技術で、世界に先駆け「光量子コンピューター」の商用機開発へ

2024年度の第11回1stRound支援先の一つであるOptQC(オプトキューシー)株式会社は、2024年9月に設立。東大古澤研究室の20年来の研究成果をもとに、光の特性を生かした「光量子コンピューター」の商用機開発を目指している。2025年1月には6.5億円の資金調達を実施した代表取締役の高瀬寛氏に、事業の概要や優位性、起業に至った経緯、今後の展望などを聞いた。
電気から光へ。情報処理のパラダイムシフトで量子コンピューターをいち早く実用化
―まず、OptQCの事業について教えてください。
高瀬:「光量子コンピューター」というハードウェアを開発しています。社名はこの英語であるOptical Quantum Computerが由来です。
当社の挑戦には大きく2つの軸があります。まず1つ目が、「量子コンピューター」への挑戦です。生成AIなど、技術が進むと電力を大量に必要とし、世界の全エネルギー生産量でも賄いきれなくなるため、全く違う仕組みのコンピューターが必要で、それを「量子コンピューター」でやろうとしています。これまでのコンピューターを量子に変えると、0と1で表していたビットが重ね合わせて表す量子ビットになる。つまり情報処理のルールそのものが変わるので、これまでできなかった操作やアルゴリズムが可能になり、難しくて解けなかったような問題が短時間で解けるようになります。ただし、これは特定の問題に対してであって、日常的な計算が早くなるわけではありません。
そこで当社が挑戦するもう1つの軸が、今コンピューターが電気で動いているのを「光」で動くようにする、「光コンピューター」という分野です。電気から光に変えることで電磁波の振動数が高くなり、計算を超高速化できます。これは、かつての電話回線通信が電気から光回線になって高速化したのと似ていて、同じことを情報処理の世界で起こそうとしているのです。

―他の方式による量子コンピューターに比べての優位性は何でしょうか。
高瀬:量子コンピューターはさまざまな開発方式が挑戦されています。まず超伝導回路によるものが先行し、冷却原子、イオン、半導体によるものなどです。ただしどれもまだ実用段階には至っていません。
その中で光方式の実機は、理化学研究所のプロジェクトで開発、2024年11月に公開されました。これは当社の母体となっている東大工学部物理工学科の古澤研究室のチームによるもので、当社が開発中の実用機もこの延長線にあります。
他の方式との比較軸は2点です。まず、多数の量子ビットをいかにコンパクトに制御性良く扱えるかという「スケーラビリティ」。この点では光方式だけが量子ビット数の大規模化を実現できており、あとはデバイスの改良により商用化を目指す段階です。
もう1点は「低ノイズ性」。他の方式では量子ビット数を増やすのが難しいため、少ない量子ビットをより良い精度で扱う方向で進化してきました。一定の成果は出ていますが、100量子ビットでできることを1万量子ビットの規模でもクオリティを保てるわけではなく、大きな壁があります。それが光方式では、数を増やすのは原理的に容易であることが分かってきて、あとはクオリティを上げるだけなのです。
―ビジネスとしての優位性もありますか。
高瀬:光方式では少ない部品数で構築ができるので、実用機をコンパクトに作れます。たとえば、古澤研で2013年に作った1量子ビットのマシーンは、4m×2mのテーブル上にぎっしり素子を並べたものでした。一方、理研で動いている100量子ビットの光方式のマシーンは、情報処理量が100倍にもかかわらず同等なサイズです。コンポーネント数をほぼ変えずに情報処理量を増やすことができるので、今後1万量子ビットが必要な世の中になっても現実的なサイズで、安く小さく作れるのです。また、常温常圧で動作可能なので特殊環境を必要としないこともあり、運用面や経済性に優れており、普及に向けて大きなアドバンテージがあります。
資金調達の準備を1stRoundで。「スケール感大きく」との助言で調達額も倍以上に
―2024年9月にOptQCを設立されていますが、起業に至った経緯を教えてください。
高瀬:当社の母体である古澤研究室の古澤先生は、もともとニコンに勤められ、米国留学中にカリフォルニア工科大学で「量子テレポーテーション」の実験に成功したことで知られています。それ以来20年以上、この技術をコアとして光量子コンピューターの研究を続けてこられた第一人者です。
そして2020年頃より内閣府のムーンショットプロジェクトで研究開発が10倍規模となって大きな成果が得られたのを受け、社会実装を目指すべく当社が設立されました。そこで古澤研で博士号を取っていた助教の私がCEOに、同じく助教のワリットがCTOとして、古澤先生と、古澤研の1期生である米澤先生とともに共同創業しています。
私自身はもともと研究者としての道を今後も歩み、いずれは自分の研究室を持てればと考えている人間でした。だからこそ 、光量子コンピューターという分野の火を消したくない思いが強くありました。そのためには、光量子コンピュータを単なる「研究」の枠内に留めるのではなく早く社会実装を進め、人材を集めて盛り上げていく必要性を強く感じ、起業すべきだと思ったのです。CEOになったのは古澤先生に勧められたのがきっかけですが、研究者として、そして経営者として、光量子コンピューターの社会実装を推進していこうと決意しました。
―2024年度の1stRoundに応募された理由は何でしたか。
高瀬:シードラウンドの資金調達を早々に行うつもりで10~20社ほどのVCと話をしていて、東大IPCもその一つでした。数あるVCの中でも東大IPCは、技術面もしっかり興味を持って耳を傾けてくれて、いろいろ相談にも乗ってくれるなど、すごく頼りになる印象だったのです。そんなやり取りの中で東大IPCから1stRoundを紹介され、ノンエクイティの事業資金が提供されるのも魅力だったので、応募を決めました。
―1stRoundに採択されて役立ったことを教えてください。
高瀬:古川尚史さん、古川圭祐さんというお二人のメンターによる毎月の面談が非常に役立ちました。そこで決まったアクションやタスクがあれば必ずフォローアップしてくださり、こういう専門家を紹介するとなれば確実につないでくれるなど、具体的に物事が前に進められたのです。
アドバイスされる内容も、ビジネス経験のないディープテックの経営者がつまずきがちな点を導いてもらえます。たとえば、「リード投資家の誰々に対してはこういう風な交渉をした方がいい」といった資金調達のポイントや、「こういう機器を設置したらどこそこに届け出る」「バックオフィスにどういう人材が必要」「経理にはこういうクラウドサービスを使うといい」といった会社の運営に関する点ですね。特に後半のような、研究者時代には気づきづらい経営に関する事柄に次々と直面する中で、逐一相談できたのが本当に良かったです。
―メンターからのアドバイスで、印象的な言葉はありますか。
高瀬:常に言っていただいていた、「スケール感を大きく行こう」という言葉ですね。実際、2024年1月にシードラウンドの資金調達を6.5億円行っていますが、当初は3億円の予定でした。しかし、事業を行っていく中で結局いろいろ必要になるので、この段階で大きめに資金を入れておいた方がよいとアドバイスいただいて、調達額を引き上げたのです。実際そのとおりで、想定以上に費用がかかるものが出てきたり、新たな人材ニーズがあったりしたので、的確なアドバイスだったと実感しています。
日本発の光量子コンピューターで「技術で勝ち、ビジネスでも勝つ」
―シードラウンドの資金調達では東大IPCもフォローで入っていますね。
高瀬:リードは早くに別のVCに決めていて、東大IPCにはセカンドオピニオン的な役割も期待しました。そうして多様な意見を聞けたおかげで、当社に良い条件で資金調達が行えたと思います。たとえば、東大IPCには東大発の技術を社会実装していくという理念があるので、当社の思いと合致して進められた面があります。
今回調達した資金で今、光量子コンピューターの1号機の開発に着手しています。理研で作ったマシーンがテスト機の位置づけで、1号機ではまず商用機として同スペックのものを作ろうとしています。そして2026年度には、研究成果による新しい要素も搭載した2号機を開発したいので、シリーズAの資金調達も準備していきます。
―御社の人員体制と今後の採用イメージはどのようになっていますか。
高瀬:共同創業者の4名が役員で、フルタイムの従業員は研究者4名とバックオフィス1名の計5名。その他インターンが5名います。研究者のうち2名は古澤研出身者、あとの2名は海外からで、全員が光量子や量子力学の博士であり、実験ができる人材です。現在日本人の比率は約半分ですが、今後もかなりインターナショナルなチームになっていくでしょう。
今後採用したいのは、電気回路や機械設計といったエンジニアリング的な技術者やソフトウェアエンジニアです。事業戦略の担当者もそろそろ必要ですね。2年後に20人くらいになっていればと思います。

―長期的に目指す世界観を教えてください。
高瀬:量子コンピューター業界全体としての話にもなりますが、10年後には、量子コンピューターが今のAIくらい社会の中心的存在になっていてほしいですね。そしてOptQCが、現在のOpenAIやNVIDIAのようなポジションに立っていたいと思っています。
そのためにも、日本がよく「技術で勝って、ビジネスで負ける」と言われる、その意味をしっかり考えねばなりません。現在の弊社は技術を深めることに注力するステージにありますが、ある程度の目処がつけられたら勝つための戦略実行へとステージを進めます。その際には東大IPCの知見やアセットもさらに活用していければと思います。
―最後に、起業を考える方へアドバイスをお願いします。
高瀬:起業してみて思ったのは、「楽しい」ということです。研究者時代には分からなかった、世の中のダイナミックさを実感しています。自分たちの技術の価値を再考するきっかけになりましたし、企業との付き合いも増えました。社会実装を目指して、ソフトウェアやハードウェア、素材系など広範な技術領域の統括責任者と今後について語り合ったりするのは本当に勉強になりますし、事業をやっていくにはこうした方々に認められていかねばと、身が引き締まります。
また、研究とビジネスというのはどちらも価値を生む活動ですが、学術的価値とマーケットでの価値は全く異なります。前者はごく少数の人にしか理解されなくても、新奇性さえあれば論文にできたりします。しかしビジネスになると資金を出す人がいるわけで、投資家の目線というのはもう圧倒的にシビア。ですから、思うように進まないこともあるのですが、そこをクリアしていくのが楽しいのです。そんな風に思える人は、起業に向いているのではないでしょうか。
