研究から世界の産業へ── 超分子プラスチック社会実装への歩み

東京大学国際高等研究所東京カレッジ 卓越教授 相田卓三

東大IPCでは2024年12月より、研究者の技術シーズの商用化にともに取り組む「スタートアップ創造プログラム」を開始しています。本支援では、壁打ちなどの従来型起業支援の枠を超え、国内外での起業・経営経験が豊富な担当者が、実務面を中心とした技術シーズの商用化に向けた支援を無償で提供します。今回、その支援先の一つとして「実用的な物性」「生分解性」「完全リサイクル性」を兼ね備えた革新的新素材「超分子プラスチック」の研究開発に取り組む、東京大学国際高等研究所東京カレッジ 卓越教授の相田卓三氏に、技術の概要や東大IPCによる支援内容、商用化への展望などについて伺いました。

マイクロプラスチック問題を解決する「塩に溶ける超分子プラスチック」

―相田先生が研究中の「超分子プラスチック」とは、どういうものですか。

相田:従来のプラスチックは石油由来のため、製造過程でCO₂を排出してしまいます。また、プラスチックは適度な強度のある使い勝手の良い素材である一方で、勝手には分解しません。粒状化したマイクロプラスチックは環境汚染をもたらし、人間や動物の体内に入ると健康被害を引き起こす恐れがあります。
超分子プラスチックは、この「強度が大きいが故に分解できない」という課題を解決しました。プラスとマイナスの電荷を持つ分子を静電引力で強く結合させつつ、塩水中ではそれらの結合に塩のイオンが割り込むことで簡単に分解できるという、画期的なプラスチックなのです。色や形状も従来のプラスチックと同様に自在に加工できるため、代替材料として期待されています。

 

―この研究を始められた経緯を教えてください。

相田:私は若い頃、プラスチックの素材になるポリマーの精密合成について研究してきました。古典的な化学反応で高分子を作るというアプローチです。そのなかで1988年に、分子同士を化学反応ではなく、接着させて可逆的につなぐというアイデアに至りました。超分子ポリマーが世の中で認識される前です。
その研究に本格的に取り組み始めたのは、1996年に教授に就任してからですが、その頃は地球温暖化やマイクロプラスチック問題が取り沙汰されてはいませんでしたので、超分子ポリマーに関する基礎研究を楽しもうというのが主な目的でした。しかし、この10年、地球温暖化による災害が世界の諸所で頻発するようになり、マイクロプラスチックについても自然界の動物の体内で発見されたセンセーショナルな写真が公開されるなど、私自身の問題意識も高まっていました。また、研究者としてキャリアを重ねてきて、世の中に分かりやすい形で貢献できる成果を残したいという気持ちも強くなっていました。そこで当初から、社会実装を見据えて研究に取り組んできたのです。
そうして研究を重ね、革新的新素材「超分子プラスチック」を作ることに成功し、2024年11月にトップジャーナルであるScience誌に論文が掲載されました。

 

―論文発表を受けて、どのような反響がありましたか。

相田:発表から半年で、国内外の70社以上から問い合わせがあり、その7割以上が海外の企業・団体でした。これまでの論文発表以上に反響が大きかったのは、ロイターによる世界配信の影響もありますが、やはり環境問題の解決に直結する研究であったからだと思います。問い合わせの多くが環境問題への意識の高さによるものであり、特に海外企業からは「この技術で事業構造を変えたい」という大きな視点が感じられました。たとえばプラスチックの包装資材など、一部でも代替できれば社会的インパクトが大きく、私自身もワクワクします。
もうひとつ画期的だったのは、米国の著名な民間財団である「Grantham Foundation」から問い合わせをいただいたことです。しかも、論文発表から1週間も経たないうちだったと記憶しています。結果的に、日本で初めて同財団からグラント(助成金)を獲得することができました。その過程では、東大IPCによる実務面でのサポートに大いに助けられました。

 

米国民間財団のグラント申請~選考プロセスでの一体的支援で、獲得に貢献

―「スタートアップ創造プログラム」による支援ですね。実際、どのようにして支援が始まったのですか。

相田:特許申請に際して支援いただいていた東大TLO(技術移転機関)から、論文発表後に東大IPCを紹介されました。それまでは、技術の活用に関する支援といっても、ライセンス化や特定企業での使用検討といったものがほとんどでした。
ですが、東大IPCからは「集中ハンズオン支援」として、会社設立や事業運営を見据えた提案がありました。そうして翌年2月には、単なるアドバイスを遥かに超える、実務面での本格的な支援が始まったのです。

―具体的な支援内容を教えてください。

相田:まず、顧客候補企業とのコミュニケーションにおける支援ですね。技術の説明をするにも、アカデミアの中と同じようにはいきません。この技術の重要性や、それによって企業がどんな課題を解決できるかといったプレゼンを行うのですが、そのプレゼン資料の作成を東大IPCが担ってくれています。プレゼンにはもちろん私も同席しますが、エンジニアリング寄りの話などは東大IPCから説明してもらいます。また、パートナーシップの確立に向けた企業とのフォローアップのコミュニケーションも継続して担っていただけます。このように事業化に向けて一心同体で取り組んでくれるので、非常に心強いです。
今回、Grantham Foundationのグラントを獲得できたのも、東大IPCの支援があったからこそです。審査過程における財団からの技術や事業性などに関する質問に細やかに対応し、その後の提案書作成や契約調整などを主導してくれました。質問内容は日本の一般的な学術的競争的資金と性質が大きく異なるものであり、研究者だけでは対応し切れなかった部分を支えてもらいました。

―支援というよりは、協働に近い連携ですね。

相田:そのとおりです。事業化に向けた知見をいただきながら、研究者の手足となって実務面も支えてもらっています。たとえば、テクニカルスタッフの採用のために、求人票の作成から応募者受付なども行ってくれています。これは研究室の体制では手が回りにくい部分ですが、将来の会社設立に向けても、こうしたサポートを受けられるのは安心感があります。本来の研究活動に専念しつつ、事業化も着実に進められますね。
実際、東大IPCとは週次でミーティングを行っているのですが、最初に提案されたときは「毎週話すことなんてあるのだろうか」と思っていました。ですが、細かい確認事項が次々と出てきて、週次ミーティングは必要なものだと感じています。

 

―最後に、今後の研究および事業化の展望をお聞かせください。

相田:プロジェクトは現在、Grantham Foundationからの約60万ドルのグラントを活用し、テクニカルスタッフの採用や測定機器の手配などを円滑に進めています。企業が求める性能の実現や、量産化に向けたスケールアップ技術の確立を目指すフェーズにあり、これらの技術的な課題をクリアし、事業の不確実性を十分に下げたうえで、1年半から2年後を目処に会社設立を視野に入れています。
研究室の学生たちも、自分たちの研究が社会とつながるプロセスを体感しながら、高いモチベーションで研究に取り組んでいます。これからもスタートアップ創造プログラムのチームと一心同体で、この画期的な技術が世界のプラスチック問題の解決の切り札となるよう、スピード感を持ってプロジェクトを進めていく考えです。

~東大IPC「スタートアップ創造」担当者より~

今回の支援は、海外での事業経験や起業経験を持つメンバーによる、かなり実務的な領域までを担うものです。東大IPCの担当者が相当なコミットをしてまさに一心同体で取り組んでいます。
超分子プラスチックの技術は、商用化が実現すれば、従来の石油由来プラスチックに代わる新たな素材として、産業面・環境面の双方で極めて大きなインパクトをもたらすことが期待されます。この卓越した研究成果を最短かつ最も広く社会に浸透させ、その結果として産業的価値を最大化することを目指し、相田先生と二人三脚で引き続き取り組んでまいります。

 

前の記事へ 一覧へ戻る 次の記事へ
東大IPCの
ニュースを受け取る
スタートアップ界隈の最新情報、技術トレンドなど、ここでしか得られないNewsを定期配信しています