2025/6/30

伴侶動物の医療・ヘルスケアのプラットフォーマーとなり、イノベーションを起こす

株式会社VetsBrain | 代表取締役社長 吉本翔 / 代表取締役副社長 細山貴嶺

1stRound支援先の一つである株式会社VetsBrain(ベッツブレイン)は、2024年4月に設立。「獣医療をアップデートし、すべての伴侶動物に届ける」をミッションとして、獣医療イラストを活用した診療支援システムや動物のヘルスケアを革新する共創型コミュニティなど4つの事業を提供・運営している。共同創業者の吉本翔氏と細山貴嶺氏に、事業の概要や起業に至った経緯、今後の展望などを聞いた。

ペットの家族化や獣医療の進化・複雑化を受け、治療選択を助けるツールを提供

―まず、VetsBrainの事業について教えてください。

吉本:動物業界専門のコンサルティングやサイエンス分野に特化した動画・イラスト制作で収益を上げながら、獣医療イラストを活用した診療支援システム「VetsBridge」を開発・提供しています。

従来、街の動物病院では診療時間が限られているため、疾患や治療に関する説明は口頭で簡潔に行われることが多く、飼い主にとっては理解が難しかったり、内容を覚えていられないといった課題がありました。紙やホワイトボードに書いたり、専門書を見せながら説明する獣医師もいますが、飼い主が持ち帰ることはできなかったり、また獣医師にとっても専門外の疾患もあります。そこで、イラストや動画を活用してわかりやすく疾患や治療内容を説明できるツールとして「VetsBridge」を作りました。

細山:例えば、獣医師が「イヌの僧帽弁閉鎖不全症」といった疾患を説明したいとき、イラストやアニメーション付きでわかりやすく解説する「飼い主様用インフォメーションシート」という画面を表示します。これを使って説明し、飼い主に理解を深めてもらうことができます。また、このインフォメーションシートはQRコードからいつでも何度でも見てもらうことができるなど、大切な家族である犬猫などの状態を理解し、今後の治療選択などを考えていただけるものになっています。

―獣医療業界はどのような状況にあるのでしょうか。

吉本:当社名は、獣医師veterinarianと頭脳brainを掛け合わせた造語です。獣医療業界は人材不足や専門家間のつながりの希薄さなどの課題に対し、当社がプラットフォームとなって業界を変えていきたいという思いから命名しました。

外飼いから室内飼いへとペットの家族化が進み、伴侶動物に対する質の高い獣医療が求められています。ですが、新たに獣医師となるのは年間およそ1000人で、伴侶動物を診療するのはさらにその半数程度です。加えて、人の医療における薬剤師、歯科医師、介護士に相当する業種はなく、獣医師が様々な役割を担うため非常に多忙で負担が大きいのが現状です。さらに、獣医学研究も進んでおり、遺伝子検査や抗体薬など新しい検査や治療方法が臨床応用されるなど、人の医療と同様に複雑化しています。こうした中で、獣医師は限られた人員で複雑化する診療に対応し、飼い主は治療を正しく理解し主体的に選択することが求められているのです。

―ビジネスモデルはどのように考えていますか。

細山:現在、「VetsBridge」のベータ版を公開中で、獣医師の方々に使ってもらいながらビジネスモデルを検討中ですが、動物病院や獣医師からサブスク型で月額使用料をいただくSaaSモデルを想定しています。飼い主や患畜に関する多様なデータを蓄積・活用することで、それぞれに最適な選択肢を提案できるような、次世代のサービスやプロダクトの構想にもつなげていきたいと考えています。

資金調達ありきではなく、起業家目線でフィードバックがもらえた

―2024年4月にVetsBrainを設立されていますが、起業に至った経緯を教えてください。

吉本:私はもともと獣医療を良くしたいという思いが強く、東大の獣医外科研究室から2018年にアメリカに研究留学しました。米国で小動物臨床の専門医資格を取得後に日本で大学教員になるキャリアイメージを持っていましたが、アメリカでビジネスの世界に触れて刺激を受け、自分でもWebサイトを構築したり、AIをかじったりしていたのです。そんな中、コロナ禍で2020年に帰国し、東大の博士課程4年に戻りましたが、何か新しいことをやりたいという思いが強まり、獣医業界のDXを進める遠隔ペットケアサービス事業というアイデアを考えました。そしてこのアイデアで、東大学内のビジネスコンテスト「アントレプレナーシップ・チャレンジ」に参加。そこで最優秀賞を得たことで起業への思いがさらに高まりました。研究と並行して様々な活動を進める中で、もともと友人だった細山と意気投合し、共同創業することになりました。

細山:私はゴールドマン・サックス証券や資産運用会社など、金融のキャリアを歩んでいましたが、愛猫が緊急輸血することになったときに、飼い主として獣医療に物足りなさや課題感をもち、自身で何かできないかと考えるようになりました。そこで2023年1月に、京大のVC(京都大学イノベーションキャピタル株式会社)の客員起業家(EIR:企業内に新規事業創出等のミッションをもって雇用等をされる起業経験者や起業準備を行う人)となったのです。その頃から吉本と起業について話し合うようになり、2024年4月のVetsBrain設立につながりました。

―2024年度の1stRoundに採択された経緯はどのようでしたか。

吉本:実は「アントレプレナーシップ・チャレンジ」に参加した仲間で応募して、2021年の第4回1stRoundに採択されているんです。ですが、その仲間とは方向性の違いなどで法人設立に至らなかったため、採択後の支援時期をずらしてもらうこととなりました。その後VetsBrainを設立し、2024年10月から支援いただいたのです。

―1stRoundに採択されて実際に役立ったことを教えてください。

吉本:ノンエクイティの資金を提供いただきながら、投資家と起業家という関係性ではなく、フラットな立場でフィードバックしてもらえたことです。そもそも私たちの事業は、スタートアップの形でやるのが本当に最適なのか、それともスモールビジネスとして始めるほうがいいのかなど、必ずしも資金調達を前提とはせずに、最終的に目指すゴールに向けて壁打ちしてもらえました。このように経験豊富なVCの方に同じ目線でフィードバックいただける機会は、なかなかないと思います。

細山:支援リソースも非常に充実しており、金額に換算すればおそらく数百万円分相当の支援を受けられたのではと思います。創業期のスタートアップでは開発を進めるにも資金面で苦労するものですが、余裕を持って事業を進めることができて非常に助かりました。

特に、AWSのクレジットや税理士の紹介など、会社設立前後からシードあたりまでに必要となるリソースが豊富に提供されるので、事業開発を行う上で非常に心強かったです。

人の医療で起きている変革を、獣医療でも実現していく

―メンターからのフィードバックを受け、現在はどのような将来像を描いていますか。

吉本:もともとは資金調達を早々に行うつもりで、2024年夏にはVCと面談を始めていました。しかし、その後、もう少し動物業界向けのコンサルティングやイラスト制作で安定的な収益を確保しようと、資金調達は延期しました。動物業界は医療・ヘルスケアに比べ市場規模が小さく、打つべき施策がまだまだある段階です。もっと自分たちでVCを説得できる材料やビジネスプランを構築し、良い条件で資金調達を進めたいので、延期して良かったと今は思っています。

細山:「VetsBridge」でさまざまなユーザーを獲得していき、データ収集の仕組みができてきたときに、新たな展開の可能性が出てくるでしょう。データの利活用を通じて、人におけるPHR(パーソナル・ヘルス・レコード)や、AIを用いた治療支援といったことができれば、当社が目指す「獣医療のアップデート」に近づけると考えています。

―最後に、起業を考える方へアドバイスをお願いします。

吉本:考えているだけでは何も始まらないので、まずは小さなことでもやってみることをお勧めします。私自身、博士課程の頃からちょこちょことWebページを作ってみたり、AIをかじってみたり、獣医療においてもトリアージや相談などの遠隔サービスができないかとトライしてみたりしました。そうした活動をする中で、自分のやりたいこと、できることが見えてきて、様々な学びもあり、いつしか起業以外の選択肢がなくなるくらいにどっぷりとハマっていました。その結果、今は社会貢献のようなやりがいも感じながら、充実した生活を送ることができています。小さな一歩を、ぜひ始めてみてください。

細山:起業すると、一人で何役もこなすことになります。私の場合も、事業戦略や営業、法務、税務など、幅広い業務に日々取り組んでいます。そうした大変な状況の中では、なぜ起業したのか、起業した先にどんな世界を実現したいかがとても大事です。長期に事業を継続していくためにも、自身の原体験や実現したい世界観といったものを大切にして、これこそライフワークだと思えることで、ぜひ起業してみてください。

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