2025/8/25

不動産の情報構造を変える「WHERE」が描く、不動産仕入れの進化とその先

株式会社WHERE | 代表取締役社長 阿久津岳生

東大IPCが運営するAOI1号ファンドの出資先・株式会社WHEREは、「宇宙から不動産の課題を解決する」ことを掲げるJAXA認定スタートアップだ。

同社は、不動産仕入れ業務の効率化に特化したSaaS「WHERE」を展開。衛星データと公的情報を組み合わせ、候補地の抽出から所有者へのアプローチまでを支援する。地方・準大手デベロッパーを中心に導入が進み、属人的で非効率な「待ちの営業」から「攻めの営業」への転換を後押ししている。

代表の阿久津岳生氏は、不動産業界で15年以上の経験を持ち、現場知に基づいたプロダクト開発を推進。今回は、同氏のキャリアや事業の狙いに加え、投資家である東大IPCの水本氏の視点から、WHERE社の可能性を探った。

阿久津さんのキャリアと理念の変遷

ーこれまで数多くの不動産関連会社に携わってきたとお伺いしましたが、代表的なキャリアと、携わるようになった経緯を教えてください。

阿久津:最初の会社を立ち上げたのが29歳の頃です。

起業当初は大学生向けのマンション販売事業を試みましたが、戦略の誤りなどから苦戦を強いられ、その後は一般的な不動産仲介へと転換。短期的には売上を伸ばしたものの、やがて物件を右から左に流すだけの仕事に熱意を失い、気持ちが新たな挑戦へと向かいます。

東日本大震災による転機

阿久津:2011年の東日本大震災を機に「家を建てる意味」に疑問を抱き、理念を見直すことに。そんな中、震災対応についてニュースで知り感銘を受けたのがディズニーキャストの「ハピネスを提供する」という理念でした。

すぐに動き、ディズニーキャストとして現場に立つ中で、「ハピネスを提供したい」という意識が自然と芽生え、理念の力を実感しました。この経験をもとに自社の理念を「『おっ!』をつくる」と再定義。社員の反応は賛否に分かれましたが、共感してくれた人材を中心に組織が再成長していきました。

これまでの事業チャレンジと学び

ーその他にも多くの起業経験があるとお伺いしました。印象的なエピソードがあれば教えてください。

阿久津:施工技術評価のために「全日本工務店協会」を設立しましたが、賛同を得られずに失敗。ネット選挙解禁を機に「株式会社ネット選挙」も立ち上げましたが、フルコミットできるメンバーが集まらず、事業継続を断念しました。

「AI裁判官」の開発を含む複数の事業に挑戦する中で解散も経験し、「フルコミットの重要性」と「心からやりたい事業に取り組むべき」という教訓を得ました。

宇宙事業への挑戦の経緯

ー宇宙産業への進出を図る上で、困難はありませんでしたか?

阿久津:「宇宙に家を建てる」目標をJAXA関係者に伝えたところ、当初は警戒されましたが、挑戦を止めずに東京大学大学院の博士課程を受験。結果は不合格でしたが、JAXA教授である田中先生との出会いを経て、宇宙科学研究所への参画が叶いました。

未経験ながら宇宙探査機「ペネトレータ」の研究開発に携わり、3年かけてプロジェクトを成功させました。この過程で「やり抜くことの大切さ」を強く実感しましたね。

新たなビジネスモデルへの挑戦

ーこのプロジェクトでの経験が、WHERE社を設立するきっかけになったのですね。

阿久津:開発開始から3年目に「株式会社WHERE(旧:株式会社Penetrator)」を設立し、ペネトレータの実験と並行して事業を進めることになります。その中で、田中先生の教え子・今川さんと出会い、「月面クレーターのAI解析」を地球上の不動産探索に応用するという発想が生まれます。これに可能性を感じ、従来のビジネスモデルを手放し、WHEREという新事業にすべてを注ぐ決断を下しました。

不動産仕入れの営業の実態と課題

ー過去に不動産仕入れの営業経験があるとお伺いしましたが、どのような仕事内容でしたか?

阿久津:不動産ベンチャーでサラリーマンをしていた頃は、地主と見られる方を直接訪問してアパート建設の飛び込み営業を行っていました。電話営業も並行して行い、地図で大きい家を探し、電話帳で番号を調べてひたすら電話をかけていましたね。1日200件かける日もありましたが、実際に土地所有者かどうかも分からない相手にアポを取るという、非効率なスタイルが当たり前の時代でした。

ーその後、営業スタイルに変化はあったのでしょうか?

阿久津:2年ほど継続したのち、営業効率を上げるために、物上げ業務(※)を取り入れるようになりました。最初は私ひとりでやっていましたが、次第にチーム体制に移行しました。土地を見つける担当、リストを作る担当、アプローチする担当と役割を分担し、5人から10人のチームで動くようにしました。このほうが、1人のスーパープレイヤーに頼るよりも成果が安定します。

ただ、現地調査を毎日継続するのは決して簡単ではありません。1〜2か月はできても、1年継続するのは非常に困難でした。雨の日も現地に行く必要がありますし、チーム全体の成長もなかなか伸び悩んでいました。

※:地図をもとに現地で空き地や空き家など取引できそうな物件を見つけ、法務局で所有者の謄本を取得し、リスト化。そのリストをもとに電話・訪問・手紙でコンタクトを取り、アポイントを得て提案営業を行う手法のこと。

情報収集・営業プロセスの非効率性

ー現在では技術の進化によって、効率化も進んでいると思いますが、実際のところはいかがでしょうか?

阿久津:最近になり、インターネットやGoogleマップの活用により現地調査の効率は多少向上しましたが、所有者調査や謄本取得などの業務内容は昔から変わりません。

たとえば、登記簿はPDFデータで提供されるので、テキスト化やコピー・ペーストの作業が必要になります。住所体系も複雑で、地番と住居表示が一致しないことも多く、目視確認や照合に手間がかかります。

ーそうした非効率なプロセスは、全体の成果にも影響しそうですね。

阿久津:ええ、だからこそ「バリューチェーンの上流を制する者が市場を制する」という言葉が業界にはあります。売主から土地を預かる工程、つまり情報の上流を押さえることが重要なんです。現在でも上流の情報取得は人脈からの紹介に頼る割合が大きいですが、これをデジタルで解決できるようになれば、業界全体の効率化が期待できます。

私たちはそれを目指して「WHERE」という新しいアプローチに取り組んでいます。

WHERE導入による業界変革と社会的インパクト

ーWHEREによって、不動産業界のどういった課題を解決しているのでしょうか?

阿久津:不動産業界は人脈がすべてで、良い土地情報は人脈経由でしか得られないことが多いです。情報収集・土地探し・アプローチなどの業務が属人的で、組織的な解決が難しい状況が続いていました。

WHERE導入により、「良い土地を仕入れたいものの、能動的に効率良く情報収集ができない」というユーザーの課題を解決できるようになりました。

従来は基本的に良い情報が来るのを待つしかありませんでしたが、WHEREを使うことで自ら積極的に仕入れに動けます。その結果、攻める営業への転換が実現し、大きな価値の創出に成功しています。

WHEREの活用事例

ー民間企業の活用事例について、実際にどのような成果が出ていますか?

阿久津:福岡地所さんでは、WHERE導入から半年で10億円超の案件を複数成約し、仕入れの効率化と攻めの営業姿勢への転換を実現しています。不動産の情報が集まりにくい中堅ディベロッパーを中心に高く評価されている状況です。

ーWHEREは営業効率化だけでなく、行政や社会課題の解決にも活用されているとお伺いしました。

阿久津:2023年には国立研究機関NEDOと連携し、能登半島地震の被災地で地権者特定・復旧支援に貢献。福岡県では夜間光の衛星データと地価を組み合わせたポテンシャル土地分析にも活用されました。

相模原市と共同開発した衛星データ活用システムでは、土地や建物の変化情報を抽出・更新し、固定資産税課の業務効率化を狙った取り組みも進めました。最終導入には至らなかったものの、開発された技術はすでに特許化され、大和ハウスなど大手企業でも活用が始まっています。

投資家から見たWHERE社の評価ポイント

ー水本さんにお伺いしますが、WHERE社に注目した理由や投資を判断した決め手はどのようなものでしたか?

水本:WHERE社に注目した理由は、リモートセンシング(衛星画像)の民需活用において不動産分野が最も相性が良いと判断したためです。

軍事用途が中心だった市場で、今後は不動産や金融などの民需が成長領域になると見込み、不動産は情報価値が高くロットも大きいため、特に有望と評価しました。

投資を決断した主な理由は2点あります。1つ目は、経営者である阿久津さんが不動産業界の実務経験者で、現場の課題や顧客ニーズを的確に捉えてSaaSを構築している点。2つ目は、すでにベータ版の段階で3件の有償導入があり、PMF(プロダクトマーケットフィット)の兆しが見えていたことです。衛星画像と既存データを組み合わせる新たな価値創出に大きな期待を寄せています。

長期ビジョンと未開拓市場への挑戦

ー今後、不動産市場はどのように変化していくと考えていますか?

阿久津:今後「直取引の時代」が訪れると予測しています。かつての小売業界がAmazonの登場で中間業者を介さず売り手と買い手が直接つながったように、不動産市場にも同様の変化が起こる可能性があると考えています。

WHEREのようなプラットフォームが普及すれば、自然な形で売り手と買い手が直接つながる世界が実現します。その際、WHEREが不動産業界をリードする一次情報プラットフォームになっていることを目指しています。

ー日本だけでなく世界の不動産市場への進出も目指していると伺いました。

阿久津:WHEREは衛星データを活用し、世界中の不動産の可視化と探索が可能です。

現在は日本を含め、イギリス、シンガポール、オーストラリア、アメリカの5か国で所有者情報とのシステム連携が可能となっており、これらの国々の不動産市場だけで世界全体の約69%を占めています。つまり、WHEREを通じて世界の約2/3の地権者にダイレクトにアプローチできる基盤が整っているのです。

WHEREの成長によってボーダーレスな不動産取引が実現し、世界平和にも貢献できればと考えています。

ーグローバル市場を目指す上で、どのようなビジョンを描いていますか?

阿久津:アメリカでは「オンマーケット(市場に出ている物件)」が全体の1%未満、残り99%が「オフマーケット」とされており、WHEREはこの未開拓市場への挑戦を狙っています。十京円規模と試算される極めて大きな市場です。

今後は優秀な人材の確保やマネジメント体制の強化を図りながら、2029〜2030年頃のIPOやM&Aを視野に入れ、世界規模での事業展開を目指していきます。

WHERE社の将来性と課題

ー投資家である水本さんから見て、WHERE社にはどのような将来性がありますか?

水本:不動産業界はM&Aの世界と近いです。仲介会社が税理士などから情報を集めて案件を取得し、買い手に売るという流れが不動産取引と似ていると感じます。最近では大手仲介会社が小規模の案件をサイトに掲載し、直接取引するような市場も生まれ始めている状況です。

確かに不動産取引は大規模物件ほど仲介のハードルが高く、信頼が重視されます。一方で、今後は仲介機能を分解しサービス化することで、M&A業界のように構造が変わる可能性があると考えています。

ーでは反対に、WHERE社の今後の課題についてはどのように認識していますか?

水本:直取引市場がまだ十分に形成されておらず、新しいサービスを投入してもすぐには受け入れられない点が課題です。

そのため、まずは既存のバリューチェーンや顧客にしっかりと使われるサービスを提供することが重要ですね。その後、自社でサービスを使いながら不動産仲介を行うことで業界の専門性やユーザーのペインポイントを把握し、SaaSの改善につなげていくというビジネスモデルを模索していくと、非常に面白いものが生まれるのではと感じます。

WHERE社には不動産仲介の実務経験が大いにある阿久津さんがいます。既存のバリューチェーンや顧客のニーズを汲み取るサービスを生み出せると思いますし、事業のフィット感が非常に高いと感じています。

ー投資を初めてから、WHERE社はいかに成長・拡大していきましたか?

水本:投資当初は阿久津さん1人が経営の中心で、エンジニア以外の人材が不足していましたが、現在は経営幹部として西村さんや河野さんが加わり、組織が急成長。会議運営の効率化も進み、事業の体制が整ってきています。

特にこの直近3か月での体制の進化は目を見張るものです。来月(2025年6月)にはさらに4人が入社予定で、組織が急速に拡大している状況です。

本来ハンズオン支援のゴールはハンズオフであり、会社が自立してVCのサポートが不要になる状態を目指すべきです。創業期は基本的に経営者が一人なので、VCのサポートが役立ちますが、成長とともにその必要性は減少していくのが健全だと考えます。

我々からWHERE社への関与頻度も隔週から月一回に減少しており、フェーズが一気に進んだことを実感しています。

ーここまでお話を伺い、阿久津さんのフットワークの軽さや、思い立ったらすぐ行動する姿勢がチャンスを引き寄せているのだと感じました。

水本:阿久津さんの誠実さや人徳が優秀な人材を集められている要因になっていると思います。

民間利用の拡大が今後の宇宙ビジネス全体の発展に不可欠なので、​​WHERE社の成功に期待しています。

ーお二方とも、本日は貴重なお話どうもありがとうございました。

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