2023/6/9

合成生物学に基づくゲノムの大規模改変技術で、産業や社会に新たな価値創造を目指す

株式会社Logomix|代表取締役 石倉大樹氏

2021年度に開催した第5回1stRound採択先の一つである株式会社Logomixは、創薬・バイオものづくりの課題解決に繋がる高機能細胞を開発するゲノムエンジニアリングカンパニー。ゲノム大規模構築技術Geno-Writing™を提供し、バクテリア、酵母、動物培養細胞、ヒト幹細胞等様々な生物種の細胞や細胞システムを機能改変している。2023年2月に5億円の資金調達を行った代表取締役の石倉大樹氏に、同社技術の優位性や起業の経緯、事業の展望を聞いた。

 

細胞の高機能化で、生産性向上からカーボンニュートラル、細胞治療まで

―まず、Logomixの事業について教えてください。

独自のゲノム大規模構築技術を有するプラットフォーム「Geno-Writing™」を通じて、ヒト細胞のゲノムなど構造が複雑なゲノムを効率よく設計・改変し、産業価値のある細胞システムの構築を推進することで、パートナー企業とともに産業的価値や社会的価値の創造を目指しています。従来の機能性化合物の物質生産への活用にとどまらないのは、大きな特徴です。ちなみにLogomixという社名は、「logogram (= 表意文字)+ mix」からきており、ゲノム配列にコードされている「機能」を組み合わせて、新しい価値を生み出していく会社、という思想が由来です。

 

―そこで生まれる産業的価値とは、たとえばどういうものですか。

ゲノムとは、DNAの文字列に表された遺伝情報すべてを指します。遺伝子や遺伝子の発現を制御する情報が含まれており、これらの情報が読み取られて、酵素などのタンパク質が作られます。DNAの文字列を書き換えることで、生産性向上やスピードアップも期待できますし、新たな機能を付加できる可能性もあります。

 

主に2つの事業領域に取り組んでおり、その1つの医療分野では、細胞治療に力を入れています。近年、がん領域を中心に急速に成長している分野です。弊社のゲノム構築技術を活用し、安全・安価で汎用性の高い治療用細胞の開発を進め、より多くの患者さんが細胞治療を受けられる社会を実現したいと考えています。

 

もう1つの事業領域は、化学・素材、食品、化粧品、農業用肥料等のバイオものづくり分野です。よくご相談を受ける課題の一つは、製造コストにも直接影響する、細胞や微生物の成育スピードの向上です。一例として、二酸化炭素を吸収しながら化学品原料やたんぱく質などの有用物質の生産が可能な水素酸化細菌等を用いて、カーボンニュートラルへの貢献を目指しています。

 

―御社のゲノムエンジニアリング技術の優位性を教えてください。

当社技術の優位性は、ノーベル賞を受賞したCRISPR(クリスパー)など従来のゲノム編集技術単独では不可能なレベルで、より大規模かつ自由自在にゲノム改変が可能な点にあります。パートナー企業の研究開発現場がお困りのことを伺いながら、仮説検証プロセスや配列の改変案などを企画立案し、共同研究プロジェクトで一緒に問題解決を進めております。

 

共同創業者である東工大の相澤康則准教授は、ヒトゲノムの大部分を占める「ガラクタ配列」の機能解明について20年近く研究してきました。その研究が土台となって当社のプラットフォーム「Geno-Writing™」が構築され、現在はヒト以外にも、様々な生物種の細胞ゲノムを対象に設計・改変・合成できるようになっています。

 

 

ベンチャーやVCでバイオ畑一筋。優れた技術に出会って、自ら起業を決意

―石倉さんは九大農学部からバイオベンチャーに参画されたそうですが、そのキャリアについて教えてください。

キャリアを通じて、バイオと医療を軸としています。大学在学中からバイオを事業化できるようなベンチャーをやりたいと思っていたところ、医学部で立ち上がったバイオベンチャーに参画することができました。大学発の技術を事業化した会社で、欧州での製品承認・販売も成功しています。私は日本とアメリカでのチーム組成および資金調達活動にも従事しました。その後は、医療ITのエムスリーで新規事業開発を経て、スタンフォードにMBA留学しました。

 

直近では、医療機器専門のVCで、デジタルヘルスと呼ばれる、医療分野でICTやゲノム解析を活用した医療機器の領域を見てきました。実際この10年で、行動習慣を変容させるデジタルツールが医療機器として取り扱われるようになっています。

 

―そもそもバイオと医療に興味を持ったきっかけは何でしたか。

2000年6月にクリントン大統領が「ヒトゲノムの解読がほぼ完了した」とホワイトハウスで発表しました。私は当時、医学部を目指す受験生でしたが、それで進路を変えました。医療を支えるシステムやプロダクトを作りたいと思うようになりました。それから、米国のジェネンテックやアムジェンのようなバイオベンチャーの存在を知り、そのスピードやダイナミズムに感銘を受けて、以来ずっとバイオベンチャーという領域をやってきました。

 

―医療機器専門のVCにいて、いろいろなプロジェクトに関わることもできたと思うのですが、あえて起業したのはなぜですか。

近年、デジタルヘルス領域が成長してきた背景の一つとして、ゲノム解析コストの低減やICT技術の進化により、バイオ×デジタルの融合が進み、米国では、”Bio is the new digital.”(バイオこそ、デジタルの次の革新的技術)とまで言われるようになってきました。そのような潮流を眺めるなかで、バイオ領域の学会や講演会等、研究者が集まる場によく話を聞きに行く過程で、相澤先生と知り合いました。

 

2017年に、ゲノム合成分野の6カ国のKOL研究者たちによる国際コンソーシアムSc2.0から、ヒト細胞や動物細胞と同じ真核生物である酵母の全ゲノムを1から設計・人工合成するという画期的なプロジェクトの発表がありました。そこに参画されていた唯一の日本人メンバーが相澤康則先生です。

 

「合成生物学」は、自然界のさまざまな生物種の持つ代謝経路を組み合わせ、新しい物質生産システムやセンサー機能を持つ人工細胞を設計・創出する学問領域で、この適応は医療分野にとどまらないと感じるようになりました。相澤先生ご自身は、その天才的な創造力を社会課題の解決にコミットされている方で、その思想・姿勢をコアバリューとして体現できるような組織を創りたいと思うようになり、2019年7月、相澤先生とLogomixを共同創業しました。

 

 

―相澤先生の技術で、世界で勝てる手応えがあったのですね。

私は合成生物学の専門家ではないため、最初の段階でそこまで確信できていたとはいえません。実際、先生と知り合ってから本格的にベンチャーとして活動するまでには1年半ほどかかっています。

 

その間は特許を固めていたほか、企業に対するヒアリングを徹底的に行いました。一般的なベンチャーでいうPMF(プロダクト・マーケット・フィット)ですが、我々の場合は、プラットフォーム技術に対してどんなプロダクトやアプリケーションがあり得るか、というPPF(プラットフォーム・プロダクト・フィット)です。ヒアリングしたのは約150社で、うち約100社は製薬業界、約50社が製薬業界以外です。また、製薬企業の半分は海外企業でした。

 

スケールのために、医療外の業界に広くアプローチする視点が得られた

―起業支援プログラム「1stRound」に2021年10月に採択されましたが、応募された経緯を教えてください。

東大IPC自体がディープテックにシード・アーリーステージから投資する日本のトップインベスターの1つだと思います。また東大のブランド力もあって、1stRoundは一次審査のピッチにも多くの大手企業がオーディエンスとして来られます。B2Bで製薬業界以外の産業にもアプローチしたい当社にとってその機会は貴重で、実際、そこでの出会いから後に協業につながった事例もあります。また、2022年にシードラウンドの資金調達を予定していたため、その前のタイミングで1stRoundに応募しました。

 

―1stRoundのサポートでは、何が役立ちましたか。

実際に多くの企業と協業に向けた話ができているのは、やはり大きいですね。また、体制構築や資本政策についてもいろいろフィードバックいただけるのが非常に助かっています。人事面で採用の進め方や評価制度づくりについても、貴重なアドバイスがありました。Slackでのコミュニケーションなので気軽に、雑多なことを相談できるんです。

 

私自身がVCでの経験があるとはいえ、時代と共にスタートアップに求められるものは変化しています。特にファイナンスに関しては市況が都度変わっていきますので、たいへん勉強させてもらいました。自分で探せば時間がかかるような助成金などの情報も最新のものをいただけるので助かりました。

 

また、私自身、医療ヘルスケア領域の事業会社とのつきあいはありましたが、Logomixではそれ以外の業界へのアプローチが事業展開の鍵になります。日本が誇る発酵産業や化学・素材系企業、なかには自動車産業を下支えしてきたような会社など、微生物を使っている業界は幅広いのです。そうした事業会社に当社のことを理解いただくためには、分かりやすい資料が不可欠。そこで、日本語版のピッチ資料は1stRoundでのフィードバックを基に大きく作り直しました。それをアップデートしたものをいま事業会社向け資料に使っているので、非常に重要なアドバイスだったと思います。

 

―業界内だけで通用するものではなく、事業展開や資金調達を考えての良い視点をもらえたわけですね。ほかに役立ったことはありますか。

東大IPCはパートナーにも多様な専門分野の方がいます。ライフサイエンスでは、アステラスのCVC出身の方がいて、出資検討の際には壁打ちさせていただきました。先日も米国の学術学会会場でお会いし、弊社の研究開発戦略と資金調達について貴重なフィードバックをいただきました。今後も事業を進めていくなかで、いろいろ相談させてもらうことが出てくるでしょう。

 

HR支援担当のスタッフの方にもたいへんお世話になっています。インターンを含め、人材を多数紹介していただき、今のところ断ったことがほとんどありません。当社のフェーズで必要な人材というのを、よく理解されているからこそだと思います。

 

―組織は今どのような状態ですか。

今は14名で、ほとんどが研究開発職です。作った細胞の動物実験などは外部に委託もしますが、当社の強みであるゲノムのエンジニアリング工程は完全に内製化しています。

 

―Logomixの目指す世界観を教えてください。

 80年代に最初のバイオ製品をジェネンテックが世に出し、この業界のリーディングカンパニーになりました。その後、ヒトのゲノムが解読できるようになり、2000年代にイルミナという会社が急成長します。このゲノム解析では、ムーアの法則を上回るスピードでイノベーションが起こっていて、人類が生み出した技術で最速とさえ言われています。時価総額でいえば、ジェネンテックが創業約30年でロシュに買収されたときが5~6兆円、イルミナは数年前のピーク時に7~8兆円ですから、当社も5兆円、10兆円のレベルを目指したい。いまの合成生物産業の状態は、60~70年代の半導体の草創期に似ているといわれることがあります。半導体が「産業のコメ」といわれたように、21世紀には細胞に基づく技術があらゆる領域の基盤の一つとなるでしょう。今の段階から当社の優位性を活かし、合成生物産業で世界的なリーディングカンパニーを目指します。

 

また、日本発のディープテックでグローバルで勝てる事業を作りたいというのが、当社の支援者も含めて我々が抱いている志です。そのため、早くからグローバル市場のニーズを意識しながら研究開発を進めています。

 

 

―最後に、起業を考える方へアドバイスをお願いします。

稲盛和夫氏がとあるインタビューで、

 

「我々が生きている社会は、壮大なドラマ・劇場であり、その劇場で、たまたま京セラという会社を作る役割を担い、京セラという会社の社長を演じることになった。その役割を演じる人がたまたま自分であっただけで、『稲盛和夫』である必要はない」

 

という趣旨のことを仰っていました。その意味では、Logomixや私もまた、大きな時代の潮流の中でたまたまここにいるのかもしれません。

 

いまLogomixが実現しようとしていることは、このタイミングで必要なミッションだと強く感じていますが、仮にこの取り組みが時代の潮流からはまだ早かったとしても、新たな産業基盤に向けた次の世代の糧になればとも思っています。起業には、そういったご自身の天職や使命感がベースにあっても良いかもしれません。

一覧へ戻る
東大IPCの
ニュースを受け取る
スタートアップ界隈の最新情報、技術トレンドなど、ここでしか得られないNewsを定期配信しています