中国市場で事業を加速させるグローバルスタートアップを支え、ともに目指す未来とは?

東大IPCが運営するAOI1号ファンドの出資先の一つであるOnedot(ワンドット)株式会社は、主に中国市場でペット関連のO2Oプラットフォームを展開する他、育児メディアや訪日インバウンド医療、日本企業の中国進出におけるマーケティング支援などの事業を行っている。同社はもともとユニ・チャームとBCG Digital Ventures(ボストン・コンサルティング・グループのデジタルチーム)の共同プロジェクトから始まっており、東大IPCがカーブアウト創出・投資の第1号案件として2020年に出資を行った。今回、同社の創業や事業成長の過程で東大IPCがどのように支援したのか、また、グローバルスタートアップとしての工夫や苦労、見据える未来などについて、代表取締役CEOの鳥巣知得(とす・ちとく)氏と投資担当者の水本尚宏氏に聞いた。
日本人創業のスタートアップが、中国市場を席巻できた理由
―まず、Onedotがどのようにして生まれたのか、創業の経緯からお聞かせください。
鳥巣:私はBCGで新規事業創出のコンサルティングを行っており、クライアントであるユニ・チャームとプロジェクトを立ち上げ、事業計画の策定から手がけていました。同社のアセットを活かして中国で事業を立ち上げるということで、育児メディア事業を構想し、中国現地で百人の母親インタビューを行うなど、十分なリサーチを踏まえてプロジェクトを主導させてもらいました。
プロジェクト開始は2016年で、同年12月にユニ・チャームの子会社として当社が設立されると同時に私も入社しました。そして翌年3月に上海法人を設立し、そのタイミングでCEOに就任。以降は家族とともに上海に移り住み、東京本社と行き来しながら事業を行っています。
―東大IPCが関わるようになったのは、いつ頃でしょうか。
水本:2019年の夏頃です。当時、東大IPCでは「企業とアカデミアの連携によるベンチャーの育成」をコンセプトとするAOI1号ファンドの組成を進めており、特にカーブアウトベンチャーの創出に力を入れていました。そうした中で、ユニ・チャームの子会社からさらなる飛躍を目指していたOnedotは、有力な投資先候補だったのです。そこで早速、赤ちゃん学の第一人者である東京大学大学院の開(ひらき)一夫教授の知見を事業に活用させていただき、アカデミアとの連携も形にしました。
鳥巣: 開先生の関与は、中国でのブランディングに大きな効果をもたらしました。当時メディアの利用者数は伸びていましたが、マネタイズが課題で、ユーザー課金に繋がる魅力的なオリジナルコンテンツが必要でした。中国では「東大ブランド」の権威は絶大で、コンテンツの信頼性と人気を格段に高め、ユーザーや現地の取引先、広告主にも非常にポジティブなイメージを与えることができました。
―日本人創業のスタートアップが、中国の特定分野でトップクラスの地位を築けた要因は何でしょうか。
鳥巣:私自身が中国市場に対して、気持ちで負けていなかったことだと考えています。ユニ・チャームをはじめ、多くの日本企業が消費財などの分野で中国市場のトップシェアを獲得している事実を知っていたため、「他の分野であっても、日本人が当たり前に成功できるはずだ」という強い信念を持つことができました。
水本:中国特有の「紹介カルチャー」の中で、中国においても高い知名度を持つユニ・チャーム発であること、そして鳥巣さん自身がBIG3の一つであるBCG出身という経歴が信用の土台となりました。また、創業当初から中国人の幹部として、リクルートで経験を積んだ薛(せつ)さんをCAO(最高管理責任者)に迎えていたことも功を奏したと思います。

東大IPCとして第1号のカーブアウト創出、投資、実現の舞台裏
―2020年5月のOnedotへの出資は、東大IPCにとって第1号のカーブアウト創出・投資案件でしたが、どのようにして決断したのですか。
水本:当初のメディア事業は広告モデルで、アクセス数が相当に大きくならないと収益化が難しいため、投資決定にはマネタイズできる事業が必要だと感じていました。そう言った相談を鳥巣さんにしていたところ、日本企業の依頼で中国進出を支援するビジネスで億単位の受注が可能かも…という話がありました。仮にメディア事業が不調でも、マーケティング支援で一定規模まで成長可能というシナリオを描けたため、投資を決断しました。
―鳥巣さんは、カーブアウトはいつから意識していたのですか。
鳥巣:設立当初からそういった議論はありました。大企業の子会社では上場が難しかったり、人材の採用等にもハードルがある場合もあるためです。しかし、一般的なVCはカーブアウトに積極的なところは少なくで、断念しかけていたときに、カーブアウトをテーマにしたファンドを立ち上げる水本さんと出会ったのです。
水本:互いに「この案件を成功させるしかない」と意気投合しましたね。ただ、当時すでに社員は約20人、バーンレートも高く、カーブアウトには約10億円もの資金調達が必要でした。そのうち半分は東大IPCが出資し、残りは事業会社も含め、鳥巣さんやBCGのつながりを駆使するなど、あらゆる手段を尽くして集めました。
―カーブアウトを経て、会社に変化はありましたか。
鳥巣:私自身、子会社の社長から独立企業の社長へと意識が明確に切り替わりました。Onedotの社員にも親会社の方は居なかったため、切り離された感覚はなく、むしろ事業を加速できると前向きでした。
運営面では、新しい投資家が多数参画する中で、カーブアウトによる利益相反が起きないよう、誠実であることに最も気を配りました。特にOnedotは中国で事業を行っているため、日本の投資家からは状況が見えづらい部分があります。そのため、信頼をして頂くための透明性の確保は今も強く意識しています。

カーブアウト後も新規事業やジョイントベンチャー設立など、さらに挑戦を
―Onedotへのカーブアウト投資後、東大IPCではどのような支援をしてきましたか。
水本:すぐに次の資金調達の準備を始めました。そもそも調達はラウンドを重ねるごとに難易度が上がるもので、次はもっと難しいに決まっています。だからこそ、よりランウェイを確保するべく、真っ先に行ったのが日本政策金融公庫の紹介でした。その結果、長期融資が得られ、その後の会社運営が非常に助かったのです。投資家探しもday1から始め、官民ファンドなど大口投資が可能な出資元に次々当たっていきました。
また、鳥巣さんには「とにかく新規事業をやろう」と口酸っぱく言っていました。通常はスタートアップに新規事業を勧めることはないのですが、メディア事業のリスクをヘッジする必要があったのです。
鳥巣:当社でも、中国の少子化を見越して新規事業を模索しており、2019年頃から経営陣のタスクとして、定期的にアイデアを出してプロジェクトを回すのを繰り返していました。その中から2022年5月にローンチしたペット向けO2Oプラットフォームの「Petnote」など、当社の中核となる事業が生まれています。
また2022年には、メディカルノート社との共同出資により、訪日インバウンド向け医療プラットフォームの事業も立ち上げました。カーブアウトしたことで、このような新しい領域へも挑戦しやすくなりましたね。
そして、日本のITビジネスが思った以上に中国に進出できていない現実を痛感し、「日本の優れたサービスを中国に広めるプラットフォームになる」という大きな目標を持つようになりました。
―そうした点は、東大IPCとしてもOnedotに期待していますか。
水本:そうですね。まず、中国でゼロからビジネスを立ち上げて展開し続けていること自体が、すでに賞賛に値します。私の投資哲学として「希少性」を重視しています。中国で事業を行っている日本のスタートアップといえばOnedotという状態で、それ自体が大きな価値なんです。故に大手からの引き合いも強い。文字通りゼロから縁もゆかりも無い中国でスタートアップを立ち上げた鳥巣さんには、日本発の真のグローバルスタートアップへOnedotを成長させるポテンシャルを感じています。
―今後の展望をお聞かせください。
鳥巣:現在、当社売上の9割を占めるペット事業は、ペットフードやペット用品をスマホで注文後、30分~1時間で届ける「クイックコマース」が強みです。現在、月間注文回数は約30万回にのぼり、中国40都市に約200ヵ所の倉庫を保有しています。中国ではこのサプライチェーン網を活用して他の事業展開も検討中ですが、まずはペット事業の規模拡大に注力する考えです。ペット市場は世界中で伸びているため、このビジネスモデルをインドや東南アジア、さらには南北米へと横展開していきたいと考えています。
そもそも、この事業が中国で成功したのは、日本で起きていた「子どもが減ると同時にペットが増える」という現象が中国でも起こると考え、いち早く実践したからです。タイムマシン経営のような感覚で予測したわけで、日本人だからこそ持てた視点だと思っています。
水本:日本は課題先進国なので、こうしたテーマやビジネスモデルをもっと考えたいものですね。
私はOnedotは上場した後に真価を発揮する会社だと確信しています。中国という巨大な市場で事業展開する力があるので、資金さえあれば例えば日本のSaaSを中国で展開する事業を展開したり、逆に中国のプロダクトを日本に持ってきたり発展余地がいくらでもあります。故にOnedotには資金ニーズが無限にある。このような会社こそ、真にIPOに向いているのです。
日本発スタートアップの中国での成功例として、道を切り拓く意義
―では次に、グローバルでビジネスを行うということについて伺わせてください。Onedotでは東京と上海にオフィスがありますが、カルチャーの違いなどはありますか。
鳥巣:東京は10名弱、上海は100名近くのスタッフがいて、社内コミュニケーションは東京では日本語、上海では中国語でSlackを使っています。カルチャーについては、創業当初からグローバルスタンダードを基本としていこうとしており、今のところ日中間で大きなギャップを感じることはありません。社員は皆、グローバルスタートアップの一員であるという意識を持ってくれていると思います。
―Onedotがグローバルでうまくやっている様子を、水本さんはどのように見ていますか。
水本:まず、スタートアップがグローバルで事業を展開するのは非常に難しいことです。特にIT系では、欧米とはUI/UXの感覚が大きく異なるので、海外展開を考えるならアジアだと思います。ただ、東南アジアでやるくらいなら日本の方が市場が大きい。そうなると、やはり目指すべきは中国。ですが競争は苛烈で難易度が高く、普通のスタートアップには荷が重いのです。
そのハードルを越えられたのがOnedotで、それはユニ・チャームが鳥巣さんという希少な人材を登用できたからにほかなりません。東大出身で、BCGで若くしてパートナー(当時呼称はプリンシパル)にまでなった人が、全てを捨てて自ら望んで中国に乗り込んでいくなんて、そうあることではありませんよね。
―では一般の起業家に向けて、鳥巣さんのここを見習ってほしいというポイントを教えてください。
水本:鳥巣さんと私は思考回路が近いのか、同時期に同じようなことを考えていることが多いです。私が「何か手を打たないと」と思ったときには、すでに鳥巣さんが同じ危機意識を持って打ち手を整理していることが殆ど。このため対策をすぐに講じることができるので、非常にやりやすかったです。
思うに、鳥巣さんは自分や会社を客観視できる人なのではないでしょうか。それは学生時代の起業や、音楽配信サービスの走りだったNapsterでの事業撤退、そしてBCGでのコンサル経験から培われたものかもしれません。そもそも投資する側は、投資先の状況を一歩引いて見るからこそ冷静な判断をできるのですが、鳥巣さんもご自身や会社に対して同じ視点を持っているように思うのです。どうですか?
鳥巣:それはあるかもしれません。しかし一方で、私はOnedotで事業を行うことには強い思い入れを持っています。日本企業、特にスタートアップが中国で成功することの社会的意義はとても大きく、そのために株主や社員、取引先や顧客とともに一つのプロジェクトに取り組んでいる感覚があり、私はそのPMというイメージです。。ですから、会社をプロジェクトとして捉える姿勢が、水本さんの言われる客観性に通じるのかもしれません。

―そうしてグローバルスタートアップを経営する中でのハードシングスを教えてください。たとえば、100名を超える組織として「100人の壁」を感じたりしますか。
鳥巣:それはあまりありませんでした。30人、50人のときも特に感じませんでした。上海の社員から見れば私は外国人で、当初から象徴的な存在だったからかもしれません。「うちのラオバン(中国語で社長、ボスの意)は外国人だけど数字は詳しくて、いいヤツだから、自分も自分の仕事を一生懸命やろう」と自然に思ってもらるようなマネジメントに努めてきました。ですので、これからも組織に関して不安はありません。それよりも「やりたいことがたくさんあるので、資金をどうやって手当しようか」というのが強いていえば悩みでしょうか。
―最後に、経営者と投資家の理想的な関係についてお聞かせください。
鳥巣:当社のボードメンバーは事業会社出身の方も多く、スタートアップ特有のリスクや課題を投資家の観点も交えて共有し、相談できるのは水本さんに多くを頼っているところです。まさに頼れる同僚といった存在で、これこそが経営者と投資家のあるべき関係だと思います。
水本:そのように言っていただけるのは名誉なことです。特にカーブアウト案件では、元の親会社と良好な関係を保ちつつ、新しい挑戦を後押しする第三者としての投資家のコミットが不可欠です。今後も、日本発の真のグローバルスタートアップとしてのOnedotの成長を、全力で支援していきます。
