2022/12/28

呼吸不全の患者を「腸呼吸」で、ECMOや人工呼吸器への従属から救い出せ。ヒトへの臨床試験開始で、着実に実用化を目指す

株式会社EVAセラピューティクス|代表取締役 尾﨑拡氏

2021年度の1stRound採択先の一つである株式会社EVAセラピューティクスは、東京医科歯科大学の武部貴則教授が開発した「腸呼吸法」の事業化を目指して2021年6月に設立された。同技術による医療機器の開発に取り組み、2022年3月には1億5000万円の資金調達を実施。同年12月には世界に先駆けてヒトに対する探索的臨床試験を開始させ、実用化に向けて着実に駒を進めている。同社代表取締役の尾﨑拡氏に「腸呼吸法」技術の優位性・可能性や創業の経緯、今後の展望を聞いた。

 

肺を使わず、腸で呼吸を行う単回使用の医療機器を開発

――まず、「腸呼吸法」とはどういうものかを教えてください。

魚類のなかには、えら呼吸を皮膚呼吸などで補完できるものがおり、たとえばドジョウは水中の酸素が不足すると水面で空気を吸い込み、腸を介して換気をしますが、これが「腸呼吸」です。一方、ヒトなどの哺乳類は通常、口や鼻から空気を吸って肺呼吸をしますが、肺機能が損なわれ、呼吸不全に陥った場合に、この「腸呼吸」が助けになるのではと考えました。

そうして開発されたのが、酸素化したパーフルオロカーボン(PFC)を肛門経由で大腸内に投与する換気(EVA:Enteral Ventilation)システムです。

――開発されたのは、東京医科歯科大学教授の武部先生ですね。

はい。iPS細胞による肝臓再生で名高い先生で、そのほかにも横浜市立大学で広告的手法で医療やヘルスケアをアップデートする「Street Medical」を提唱されたり、米国のシンシナティ小児病院で准教授を務めたりと精力的に多方面にて活動されています。

 

そんななか、新型コロナウイルス感染症が流行したこともあり、呼吸不全の対処法として「腸呼吸」を適用できないかと考えられました。ECMOや人工呼吸器による治療には人的リソースを多く要し、合併症のリスクもありますが、腸呼吸で代替もしくは低酸素状態を改善させてそれらへの移行を抑制できれば、医療資源や患者のQOL観点で大きく貢献ができるでしょう。また、PFCはすでに人工血液や造影剤に用いられているため扱いやすく、実用化の可能性も高いといえます。

 

――開発中の医療機器とは、どのようなものですか。

PFCの一種であるパーフルオロデカリン(PFD)という比重の大きい液体を肛門から注入する単回使用のパウチ容器と投与用ノズル、酸素化用部材の三点からなる医療機器。500mlのPFDを点滴のように入れれば、約1時間の腸呼吸ができると想定しています。これを病院に置いて使ってもらうもので、「EVA101」と呼んでいます。開発フェーズとしては、2022年12月にヒトに対する臨床試験を開始しており、今後安全性・忍容性を固めていきます。2025年に医療機器として申請し、2026年に承認されるのが目標です。

 

そのほか、医薬品扱いとなる「EVA102」の開発にも着手しています。こちらは、最初から酸素を混入したもので、救急現場で使われることを想定しています。病院内の呼吸不全患者は年間1〜2万人程度ですが、救急では12万人になります。救急車で搬送される間に腸呼吸を行うことで、救命率向上につなげます。

 

ヒトへの臨床試験を目指すタイミングで、会社を設立

――会社の設立は、どのようなタイミングでされたのですか。

マウスやマイクロブタでの実験により、哺乳類で腸換気を行うという治療方法が確立され、その武部先生の論文が2021年5月に国際的学術誌「Med」に取り上げられました。いよいよ次のステップはヒトへの臨床試験となり、医療機器として世の中に出していくために同年6月に会社を設立したのです。

 

私自身は2月から参画して経営の体制をつくり、代表取締役に就きましたが、ファウンダーである武部先生がそれまでに、周術期医療領域に長けた中堅製薬会社や浣腸器メーカー、原料のPFCを調達する商社などに声をかけてくれ、実用化に向けた座組みは、ほぼできた状態での創業でした。

 

――そこから現在に至るステップを教えてください。

私の役目は、開発資金とパートナーの確保です。資金調達は2022年3月に1億5000万円を実施し、同時期に開発パートナーとして丸石製薬と資本業務提携を結ぶことができました。

 

通常10年単位を開発に要する医薬業界において、2021年6月の会社設立から約1年半という短期間で臨床試験開始にこぎつけられたのは、大学内で基礎研究のかなりの部分を進められていたのに加え、頼りになる開発パートナーの存在があります。ベンチャーが単独で開発を進めようとすれば、CRO(医薬品開発業務受託機関)へ依頼するだけでも手順書の作成やGCP(臨床試験における国際的な基準)を遵守した体制構築に1年はゆうにかかります。それをパートナー企業の組織と機能を用いることで、コストを抑え、早期の臨床試験実現を可能にしたのです。

 

また、人材についてもパートナー企業で臨床試験の準備や品質管理を30人強にお願いしています。これを自前で行うとなると、ベンチャーには負荷が大きいため、共同研究契約でそうしたサポートも含めて、協力体制を構築しました。

 

――尾﨑さんが代表取締役を務めることになった経緯を教えてください。

私は藤沢薬品(現 アステラス製薬)で27年間、北米での事業開発に従事しました。その後、日米のバイオベンチャーで日本法人社長をいくつか務め、臨床開発から商業生産、販売までの医薬品バリューチェーンマネジメントを実践。それから事業開発コンサルタントとして日本発の事業化案件に関わるなかで、iPS細胞を使った肝臓再生に関する研究案件で武部先生に知己を得ました。そして今回、腸呼吸技術を事業化するにあたり共通の知人から声がかかり、似たような技術のない独創性と実現可能性が魅力で、このチャレンジを引き受けることにしたのです。

 

大学での研究の事業化には、頼れるパートナー企業の存在がカギに

――医薬系における大学発技術の事業化で難しいのは、どういう点でしょうか。

医薬品の開発は1万件のシーズのうち、ものになるのは数件という難易度です。そこまでにまず研究段階でスクリーニングを繰り返し、安全性や有効性を担保していきながら、動物実験、そしてヒトへの臨床試験へというプロセスがあります。ですから、あまり早期に会社にせず、せめて動物実験で見込みをつけるくらいまでは本来アカデミアで行うべきでしょう。そこまで来て初めてリアルな事業化のストーリーが描けるのです。

 

経営や事業運営を担う立場としては、そのタイミングが重要です。発想やアイデアがどんなにすごかったとしても、実用化までの距離感やリスクを理解したうえでロードマップを描く必要があります。また、ベンチャーでは難しいかもしれませんが、医薬品業界出身者などで生産・販売に至る事業開発の経験者を確保し、対外的に折衝を進めることが大事です。

――1stRoundに2021年10月に採択されましたが、参加された経緯や役立ったことを教えてください。

ちょうどこの第5回1stRoundから東京医科歯科大もプログラムに参画するようになり、事務局に勧められました。ありがたかったのは活動資金の提供です。当初は資金調達を12月末に予定していたのが延びてしまい、結局翌年3月中旬になったのですが、それまでのつなぎになりました。また、採択前のピッチイベントで多数のVCにプレゼンができたのが、今後の資金調達につながる、良い縁となっています。

 

最初の資金調達に向けてのバリュエーションにおいても、東大IPCの方にとても丁寧に教えてもらいましたし、公的機関を紹介してもらって、その助成金で特許侵害予防(FTO)調査ができました。そのおかげで、パートナー契約もスムーズにいきましたね。本当に感謝しています。

 

――最後に、起業を考える方へアドバイスをお願いします。

大学で研究開発を行う場合には、薬理的な試験だけでなく、できれば製造方法についても大学で済ませておきたいもの。そして起業に際しては、人材提供や治験薬製造で協力してもらえるようなパートナーを見つけるのがお勧めです。資金調達も焦らず、企業価値の高まりとのバランスを考えるべきでしょう。また、企業が協力したくなるような考え方や座組みを用意するという視点も大事です。そこは、会社設立の前から、どのような協力なら仰げるか、下地を作っておくとよいでしょう。研究マインドとはまた別のビジネスマインドが、起業には欠かせません。

 

 

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