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東大IPC

Story

東大IPCでは、ベンチャー投資だけでなく、「東大IPC 1stRound」という 創業3年以内の起業家や起業前のチームに対し、
事業資金・ハンズオン支援・東大やパートナー企業のリソースをZero Equityで提供するプログラムを提供しています。
採択先に対しては、ビジネス推進から資金調達まで東大IPCが並走して支援します。
創業までの経緯、どのような支援が実際にあるのか、起業家たちに語っていただきます。

造血幹細胞の大量増幅というブレイクスルーで白血病や免疫疾患に新たな治療の道を拓きたい

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2019年、「日本の研究者が液体のりのようなごく普通の素材を使って、世界初の造血幹細胞の増殖に成功した」というニュースが世界を駆け巡った。それから2年、当時はマウスで行っていたことが、ヒトにおいても成功。臨床応用に向けて研究が進んでいる。その事業化に取り組むセレイドセラピューティクス株式会社(東京都文京区本郷 )のCEO・荒川信行氏に、技術の概要と今後の展望、また起業を志す人へのメッセージを伺った。

 

2019年にマウスで増殖成功、世界初の画期的な発見となる

 

「セレイド社のコアとなる技術について教えてください。」

 

我々の強みを一言でいうと、人間の造血幹細胞を増やすことができる、ということです。

造血幹細胞は、簡単にいえば血液の源となるもの(造血幹細胞は骨髄中でさかんに細胞分裂を繰り返し、赤血球・白血球・血小板に成長する)。これをヒトの体外で増やすというのは長らくできなかった。病気の治療で造血幹細胞が必要になると、ドナーさんの骨髄から採るとか、自分自身の骨髄から採るとか、大変だったんです。

それが、当社の創業科学者である山崎聡先生(Ph.D/筑波大学医学医療系トランスボーダー医学研究センター教授・東京大学医科学研究所幹細胞生物学分野特任准教授)の開発した技術を使えば、体外で造血幹細胞を増殖させられますから、少量の細胞採取でも移植可能になるかもしれない。これがセレイドの最大の技術的な特長です。

ひとくちに細胞といってもいろいろなタイプがあり、体外増幅の比較的容易なものもあります。しかし造血幹細胞にはこれまで世界中でさまざまな研究者がトライしてきても、十分な量を増やすことはできなかった。ところが2019年に山崎先生がそれまでの常識を覆す発見をしたんです。

メディアで大きく取り上げられ、一般の人の耳に入るほど話題に

 

「液体のりを使って造血幹細胞の増殖に成功というニュースですね。テレビやSNSでも話題になりました。」

 

あのときはワイドショーにも取り上げられて反響を呼びました(2019年5月30日/液体のりで造血幹細胞の増幅に成功 )。これまで世界の誰もできなかったことが、その辺のコンビニで買ってきたような普通の液体のりを使うことで可能になった。意外性もあり、またさまざまな可能性につながっていく発見だったんです。

当時はまだマウスの造血幹細胞増殖に成功していたという段階でした。現在ではさらに進歩して、ヒトの造血幹細胞の増幅もできるようになっています。

 

「体内に近い環境で増殖」という固定観念を打ち崩す

 

造血幹細胞を増やす研究自体は長年行われてきましたが、安定的な増幅は難しかったんですよ。多くの研究者が、細胞は体内で増えるのだから、体内と似た環境を再現してそこで増やそうとしてきました。ご存知のように、生物の身体の中にはさまざまなタンパク質が存在しています。サイトカインやアルブミンなどのタンパク質を入れて培地をつくり、細胞の増幅を試みる。しかし安定的に増やせない。ごくまれにうまくいっても再現性に問題があった。

そこで山崎先生は培養過程において、それらの微量タンパク質(ウシ血清成分、精製アルブミン、組み換えアルブミンなど)こそが造血幹細胞の再現性のある安定的な増幅を妨げているのでは、と考えました。細胞培養において必要不可欠なものだと考えられてきたタンパク質を邪魔者と見なす。これは発想の転換です。

 

安定した低分子工業製品の中から新素材を見つけるというチャレンジ

 

山崎先生は、生物由来のものでうまくいかないなら、阻害要因を持たない安定した別の人工材料を見つけようとしました。そしてさまざまな素材を試した結果、2019年、液体のりのような成分(PVA:ポリビニルアルコール)で細胞老化を抑制した造血幹細胞の増幅ができる、という発見に至りました。学術雑誌の『Nature』にも取り上げられた技術的なブレイクスルーです。

現在では、その技術はさらに改良され、アルブミンだけでなくサイトカインも別の物質に置き換えることに成功しています。それまで使われてきたウシ血清成分やサイトカインにはコストの高さというデメリットもありましたから、安価に増幅ができるというのも大きなメリットです。(参照リリース)いまセレイドではその技術の臨床応用を目指して研究を進めているところです。

 

実現すれば白血病や免疫疾患など、難病の治療に役立つ

 

「この造血幹細胞の増殖が実用化されると、誰にとって、どのようなメリットがあるのでしょうか?」

 

まずは白血病などの血液の治療に役に立つはずです。白血病というのは、骨髄の中にある血液細胞ががん化してしまう病気です。一般的な治療では、抗がん剤を用いた化学療法や放射線照射で体内の白血病細胞を徹底的に減らしてから、白血球のHLA型が一致するドナーの造血幹細胞を点滴で体内に入れて、体内の正常な造血幹細胞を増やします。

そのとき移植した造血幹細胞が患者さんの体内に定着するには相当量が必要になるんです。それだけの量をドナーさんから採取するのは負担が大きい。もし、少量採取した造血幹細胞から十分な量まで増やしてから入れることができれば、ドナーの負担も少なく、患者さんへの生着率も上げられるでしょう。増やせるようになることで、様々な応用的な使い方が期待できるのです。

 

遺伝子編集との合わせ技で広がる可能性

 

また、さまざまな血液由来の遺伝子疾患にも有効なのではないかと考えています。自己免疫疾患は、自分自身に免疫反応を起こしてしまうという先天的な病気です。そのエラーのある遺伝子を一度体外に取り出して、編集して修正した遺伝子を十分な量まで増やしてから体内に戻すという治療ができるようになれば、大きな希望になるのではないでしょうか。

遺伝子編集はできても、それを体外で安定的に増やす技術はこれまでなかったんです。当社の技術が実用化されれば遺伝子治療&細胞増殖の合わせ技ができるようになります。

 

患者さんにとって、よりよい治療の選択肢を増やしたい

 

「難病の治療にも希望となる技術なんですね。では、その技術が臨床応用に可能となった場合、セレイド社の顧客は誰になるのですか?」

 

主には病院、つまり医療機関が我々のクライアントになるはずです。たとえば患者さんが白血病になられた場合には、病気のタイプや年齢、病状などをふまえて最適な治療法を医師と患者さんが相談して決めます。いまは抗がん剤や分子標的薬などの薬物療法が第一で、それが有効でない場合には造血幹細胞移植が検討されます。我々の技術によって、選択できるラインナップがさらに増えて、よりよい治療につながればと願っています。

 

iPS細胞やCAR T細胞より安全面でのハードルは低い

 

「技術の実現には、どれくらいの時間を見ていますか?」

 

どれくらいで臨床応用可能かというと、5、6年でまず患者さんに使える状態に持っていきたいと考えています。iPS細胞やCAR T細胞(カーティ細胞:キメラ抗原受容体T 細胞)といった画期的な技術では、遺伝子編集の工程があります。そのため、安全面でより慎重になる必要があるので時間もかかる。ですからiPS細胞などはこれまでも研究が重ねられていますが、実際に患者さんに届けるまでに相当な時間がかかっています。

当社の技術で用いる細胞は患者さんやドナーさんの身体の中にすでにあるものです。それを増やし、治療のためにモディファイしていく。遺伝子を修正するわけではないため、安全面でのハードルはひとつ低いといえるでしょう。ですので、タイムスパンとして10年、20年は見なくてもよい、もう少し早く進む研究なのではないかと考えています。

 

企業での研究を始めることが臨床応用へのカギ

 

「セレイド社の立ち上げのきっかけを教えて下さい。」

 

もともと山崎先生らとは異業種交流の場でおつきあいがありました。その中で『造血幹細胞の増殖がマウスで成功した』『いいぞ』『そしてついにヒトでも成功した』『すばらしい!』という話も出でいた。いよいよ事業化を検討していいんじゃないか?という話になったのが2019年の終わりでした。その直後に現CSOの渡部素生先生と山崎先生の2人が東大IPCに相談しにいったんです。

渡部先生はある再生医療のベンチャー企業の立ち上げに関わり、そこでCTOを数年間勤めていた経験が過去にあった。知財戦略にも詳しく、ビジネス化までの流れを理解していたので行動が素早かったようですね。

基礎研究だけを長期間続けてもなかなか臨床に至らない、これほどまでの技術があるのだから、ある時点で企業にバトンタッチしてその先に進めたほうがよい、という考えがあったようです。

 

「研究者だけでなく経営のプロを入れなさい」とアドバイス

 

「それで東大IPCに相談したら、そのあとはトントン拍子に?」

 

そうもスムーズにいきません。東大IPCでは、「大学の先生だけで起業しても難しい。研究開発と事業開発・商品開発はまったく別のもの。専業でビジネスのわかる人を見つけなさい」とアドバイスされたそうです。

その後もわたしは何度かブレストに参加して、事業化について議論していました。事業化する上での一番のネックは経営者候補がいないこと。周囲にもあたって探したのですが、極めてアーリーなタイミングでは、なかなかふさわしい人が見つかりません。山崎先生の新たな発見を応援したいのに、もどかしい思いがありました。

そんな中でよくよく考えると、自分にはアクセンチュアでの経営コンサルとしてのキャリアがある、さらには過去に大学発の再生医療ベンチャーの経営にも関わってきた、なにより山崎先生のフレンドリーな人柄も知っており、この技術を世に広めたいという情熱もある……ここでわたしがCEOになればいっきに悩みが解決するんじゃないか!と気づいてしまったんですよ(笑)。あとはやっぱりシンプルに面白そうだったんですよね。集まっておられるみなさんが、技術の社会還元を誠実に目指されていたので、ここで自分の力を活かせるのであればぜひお手伝いしたいと考えました。

 

再生医学の権威の中内教授、血液内科の桜井医師がボードに

 

「そこで一肌脱いだのですね。セレイド社はボードにもそうそうたる方々がそろっていらっしゃいます。簡単にご紹介いただけませんか?」

 

はい。CSOの渡部素生先生と山崎聡先生についてはここまでの話に登場していますから、2名のサイエンティフィック・アドバイザリー・ボードについて簡単にお話を。

中内啓光先生(MD, Ph.D/東京大学医科学研究所幹細胞治療部門特任教授/スタンフォード大学 幹細胞生物学・再生医学研究所教授)は再生医学や血液分野の権威です。iPS細胞の臨床応用を目指した国内バイオベンチャーや、CAR-T細胞を用いたがん免疫治療薬を開発するアメリカのバイオベンチャーの創業科学者でもある。研究者としてはもちろん、技術を臨床応用することにおいても非常に経験豊富な方です。造血幹細胞というのは先生のライフワークであるそうなんです。臓器再生やT細胞免疫研究などいろいろあるけれども造血幹細胞は血液の源となる重要なものなので、昔から力を入れてきたとおっしゃっていました。

以前、中内先生がスタートアップ向けのセミナーで『どうしてそんなに高い確率で研究開発に成功するんですか?』と質問されて、こう答えていました。『臨床応用を目指して基礎研究をしているからですよ』と。さまざまな研究スタイルがあるでしょうが、基礎だけを見てやるよりは、使ってもらう場面を想定して基礎研究をするという視点をお持ちなんです。また、この技術を開発した山崎聡先生は、中内研究室のご出身であります。

また、もう1名のボードである櫻井政寿先生(MD, Ph.D/慶應義塾大学医学部血液内科専任講師)は血液内科の医師でありつつ、山崎研究室で研究もしてきた方で、ヒトの造血幹細胞の増幅方法の構築になみなみならぬ熱意を傾けていらっしゃいます。やはり実際にドクターとしてお仕事されていますから、この技術を用いて一人でも多くの患者さんを救いたいという情熱をお持ちですね。

 

東大IPCへの応募自体が、他のVCやラボ審査の準備になった

 

「セレイド社は東大IPCの1stRoundに2020年に採択されています。2019年末の発起からスピーディでしたね。」

 

簡単な道のりではありませんでしたが、東大IPCの1stRoundの応募書類を用意すること自体が他のベンチャーキャピタルからの資金調達のための事前準備を兼ねることができたので、非常によかったと思います。VCへのプレゼンや各種ウェットラボ使用の審査など、くぐり抜けなくてはいけないポイントがいくつもあったのですが、1stRoundの審査を受けることで起業計画が数段ブラッシュアップされましたから、そのぶん近道になったのではないかと思います。応募前から随時相談に乗ってもらえて心強い限りでした。

 

コンサルの視点を持つ自分に対しIPCはVC視点での助言をくれた

 

「荒川さんはプロのコンサルタントです。東大IPCのサポートやアドバイスを力不足だと感じる場面はありませんでしたか?」

 

とんでもない。客観的に事業のリスクを指摘してもらえてとてもよかったです。身内で議論していると『自分たちが見ているもの』しか見えなくなってしまいますから。わたしはコンサル出身ですから、自分では他のメンバーよりもパブリックな立場でフラットに見ているつもりだった(笑)。でもやっぱり『なんとかなる』と無意識にリスクを過小評価してしまうんですね。これは当事者になって初めてわかったことです。

世の中に数多くの起業支援がありますが、ここまでしっかり伴走してくれるプログラムはなかなかないと思いますよ。VCさんにプレゼンすると、質問はされても意外とアドバイスってもらえないんです。先方がバイオの分野に精通している人ならいいでしょうが、なかなかそうもいかない。東大IPCにはバイオ分野の専門家の方がいますし『次のステージに導いていこう』という視点で見てくれているので、打ち合わせはいつも有意義でした。

コンサルは『自分たちがどう成功するか』という視点で考えがちです。もちろん事業経営の上ではそれが大切ですが、資金獲得という目的のためには『VCから見て投資価値があるか』という視点が必要なんですよね。東大IPCさんは第三者として、投資家から見て魅力的かどうかをジャッジしてコメントしてくれる。VCでありつつアドバイザリーボードでもあるというところが面白いですよね。複数案件を並行して見ているからこその『この事業にbetするかしないか』という目利き力があると感じました。

 

細胞増殖の臨床応用とともに培地の商用化も視野に入れて

 

「直近で目指すゴールは何ですか?」

 

これまではラボベースの研究が主体でしたが、人に投与できる水準の製品開発をしていく必要があります。そのための基盤技術を早々に確立することがまずはゴールです。2021年6月から人員も増強して、本格的にラボが稼働しました。ライフサイエンスの分野では物理的なモノを扱って研究しますから、コンピュータだけがあれば事足りるというものではない。ウェットラボ(物理や化学などの実験を装置や薬品を用いて実際に行う研究室)、また細胞培養装置や細胞分析装置、凍結細胞保存タンクなどの設備も必要です。ヒト・モノ・カネを集めた上ではじめて推進できるプロジェクトですから、ようやく満を持して進めていける条件が揃いました。

これまでは実験室のフラスコの中でどれほど増やせるかを確認しているような状況でした。今後は、いかに安全なプロセスで確実に必要量まで増やせるかがテーマです。臨床のスケールと製造方法を意識した製品開発が求められる段階にきています。またそれとは別に、試薬や培地の製品化というゴールがあります。細胞を増やす試薬培地、これは単独でも商品価値が高いものですから、再生医療等製品に使用できる培地の製品化を早々に可能にしたいですね。

 

「それでは、事業の課題はなんでしょうか?」

 

第一に、なによりも安全性の担保です。第二に、造血幹細胞移植という治療法は現在の医療でも行われているものですが、我々の提案する方法がすでに存在する造血幹細胞移植よりもどんな点で有効なのかを明確に定義づけることが求められています。

いまある造血幹細胞移植は、臍帯血移植や骨髄移植、末梢血移植など。それを当社製品で置き換えていく場合になにをメリットとして訴求できるのか。これはマーケティングやセールスの上での課題となってきます。

 

「ちゃんとした起業」を夢見すぎずやりたいと思ったときに始めたらいい

「最後に、起業を考える方や学生に向けてメッセージがあればお願いします。」

 

やりたいことは、やりたいと思ったときに、やったほうがいい。起業は大変そう、というイメージが染みついていますよね。でも起業したら、自分のやりたいことに向かってあらゆる努力ができる。だからとてもやりがいのある、楽しいことでもあるんですよ。

学生の頃から、漠然と起業したいという想いがありました。長らく外資コンサルに勤めて、独立後もコンサル会社を経営し、つねに人にアドバイスするような立ち位置で仕事をしてきました。でもいずれは自分自身で製品やサービスを作る会社を起業したい、と常々思ってはいたんです。それがようやくハードテックなこういう会社立ち上げに至ることができた。起業をぼんやりとイメージし始めてからここまで10年以上かかりました。私の場合は、創業のきっかけは偶然の出会いでした。目の前に良い技術があって、その時強く「やりたい」と感じた。これまでのキャリアが役に立っている部分も多分にありますが、それ以上に自分の中では「やりたい」という気持ちが起業に向かわせる重要なファクターでした。

「必要なスキルを有しているか」「技術はあるのか」「斬新なものなのか」「お金はあるのか」「人はいるのか」など、起業に必要なすべての要素を事前に準備することなど到底困難です。私は40歳でこのハードテックを立ち上げましたが、足りないことだらけです。走りながら考えるしかない。だからもし、若い方で起業を迷っている人がいたら、とにかくやってみなよっていいたいですね。大人たちは『うまくいかないよ』とか『ちゃんと就職しなよ』とか否定的なこというかもしれないんだけど、やりたいと思ったらやってみて徐々に認めてもらう、そういうスタイルでいいんじゃないですか。

人生のどのタイミングで起業しても同じ。自分で建設的に動いていけばきっとよい道が拓けてくる。いま、わたしはそう考えています。

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